認知科学年表(解説付)

認知科学における重要な著作や論文の年表

  • 注:適当に和訳しています。訳があるのに気づいたものは、それに従っていますが、すべての邦訳を見つけ出したわけではありません。訳の間違いがあったら、指摘してください。
1930年代以前:先駆的研究
1930 子供による世界の概念形成 ピアジェ
1932 想起の心理学:実験社会心理学の研究 バートレット
1934 思考と言語 ヴィゴツキー
1935 ゲシュタルト心理学の原理 コフカ
1935 連続的な言語反応における干渉の研究 ストループ
1940年代:潜在期
1943 神経活動に内在する観念の論理計算 マカロック,ピッツ
1944 コミュニケーションの数学的理論 シャノン
1945 行動の構造 ヘッブ
1948 ラットと人における認知地図 トールマン
1948 サイバネティクス ウィーナー
1949 心の概念 ライル
1950年代:初期の研究
1950 計算機械と知能 チューリング
1953 哲学探究 ウィトゲンシュタイン
1956 マジカルナンバー7プラスマイナス2 ジョージ・ミラー
1956 思考の研究 ブルーナー、グットナウ、オースティン
1957 文法の構造 チョムスキー
1958 知覚とコミュニケーション ブロードベンド
1960年代:成立期
1960 プランと行動の構造 ミラー,ギャランター,プリブラ
1966 知覚システムとしての諸感覚 ギブソン
1967 認知心理学 ナイサー
1969 システムの科学 サイモン
1969 パーセプトロン ミンスキー、パパート
1970年代:展開期
1971 三次元物体の心的回転 シェパード、メッツガー
1972 人間の問題解決 ニューウェル、サイモン
1972 コンピュータには何ができないか ドレイファス
1973 自然なカテゴリー ロッシュ
1973 働いている脳:神経心理学への入り口 ルリア
1973 エピソード記憶での符号化特定性と想起の過程 タルヴィング,トンプソン
1975 表象する知識のための枠組み ミンスキー
1980年代前半:移行期
1980 精神、脳、プログラム サール
1980 メタファーと人生 レイコフ、ジョンソン
1982 ビジョン マー
1983 心のモジュ−ル形式:機能の心理学について フォーダー
1983 認知の建築学 アンダーソン
1983 メンタルモデル ジョンソン-レアード
1980年代後半以降:転換期
1986 PDPモデル ラメルハート、マクレランド
1987 ニューラル・ダーウィニズム エーデルマン
1990 認知の統一理論 ニューウェル
1990 身体化された心 ヴァレラ、ロッシュ、トンプソン
1991 説明される意識 デネット
1995 野生での認知 ハッチンス
1996 アフォーダンスの心理学―生態心理学への道 エドワード・リード
認知科学の終焉??:自然化への道
1996 文化心理学 マイケル・コール
1997 心の仕組み ピンカー
  • 参考にしたサイト

このサイトに載っている論文・著作から選んだものに、さらに私が独自にいくつか付け加えて、この年表を作成しました。The Cognitive Science Millennium Project http://www.cogsci.umn.edu/OLD/calendar/past_events/millennium/home.html
古い論文なら、e-textで手に入ることもあります(少なくとも、マジカルナンバー論文はある。):Classics in the History of Psychology http://psychclassics.yorku.ca/index.htm
チューリングの論文の翻訳はこちらにあります:プロジェクト杉田玄白 http://www.genpaku.org/


ちょっとした解説

  • 1930年代以前:先駆的研究

 認知発達の概念を最初に考え出したピアジェ、そのピアジェの独り言説に反論したヴィゴツキースキーマなどの概念を生み出した記憶研究のバートレット、そして行動主義に反抗したゲシュタルト心理学…こうした先駆的な研究は後に認知科学が勃興するまで忘れ去られてしまった。

  • 1940年代:潜在期

 シナプスの計算モデルを提示したマカロックとピッツ、コミュニケーションの数学的理論を打ち立てたシャノン、脳のコネクショニズム・モデルを打ち立てたヘッブ、認知地図の概念を生み出したトールマン、そしてサイバネティクスを打ち立てたウィーナー… 。この頃の著作は後の認知科学に大きな影響を与えるが、これらそのものは認知科学の成立とは必ずしも直接は関係してない。

  • 1950年代:初期の研究

 「チューリング・テスト」で有名なチューリング、「マジカルナンバー7プラスマイナス2」で有名なミラー、「思考の研究」のブルーナー、普遍文法で有名になるチョムスキー…。こうした著作は認知科学の成立に直接影響を与えた。

  • 1960年代:成立期

 認知心理学の考え方を打ち立てたナイサーを初め、様々な人々が認知科学の基本的な考え方、情報処理的な認知主義の考え方、の土台を固めていった。 ただし、その認知主義に対して生態学的アプローチを打ち立てたギブソンもすでにいたことをお忘れなく。

  • 1970年代:展開期

 心的回転や問題解決など、認知科学の様々な考え方が発展していった。また、ドレイファスの人工知能批判も最高潮を向かえた。

  • 1980年代前半:移行期

 一方で認知科学をまとめるような統一理論が出され、他方で認知科学の新しい方向を示唆する考えが出された。*1

  • 1980年代後半以降:転換期

 いわゆる情報処理的な考え方(認知主義)が終焉を向かえ始め、より現実的で自然な考え方に向かうようになる。 つまり、脳研究や身体性研究が注目されるようになった。

 有名な認知科学者からの影響を受けながらも、まったく新しい道に走る人たちが現れた。進化心理学文化心理学への道の始まりである。
付記:認知科学はもう終わり???
 1990年代になって物理学者のペンローズや哲学者のチャーマーズなど、後からやってきた部外者が注目された。ただ私から見ると、ペンローズは還元主義、チャーマーズは思弁主義にしか思えない。同じく哲学者でもダニエル・デネットのように科学に理解のあるすばらしい人もいたのに、チャーマーズは残念ながら違う。彼は自分のやっていることが単に可能世界論に過ぎないことに気づかず、これこそ科学理論だと思い込んでいる。こんな人が話題になる時点でもうおしまいかなと言う気がする。脳科学も、ペンローズのような還元主義になっているとしたら、もうおしまいである(私は詳しくないので)。
 もう認知科学はおしまいなのだろうか。確かに、いわゆる認知革命と言う運動は終わったのかもしれない。だからと言って、認知科学という領域そのものが無意味になったのではない。実際、地道な科学的研究は今後も続けられるだろう。ただ問題は理論的研究である。認知科学において理論は一貫して重要な役割を果たしてきた。一通りの理論が出されつくしてしまい、後は単なる修正にしかならないのだろうか。認知科学の理論の歴史は、哲学理論の歴史の縮図のようであり、その点からはすでに現代に追いついてしまった感がある。これは本当の終わりなのだろうか。そんなことはないと思う。私たちは本当の出発点にやってきたのかもしれない。ただし、次の出発のためには、さらに大きな革命が必要だろう。ただ、はっきり言っておくが、革命とは簡単に行えることでもなく、かつはっきりそうと認識できるものでもないだろう。実際にピアジェヴィゴツキーも忘れ去られてしまっていた。もしかしたら(すでに?)理論的な不毛期に入っているかもしれない。しかし、私たちは過去(の理論)を知り、現実を知ることで、それを乗り越えていかねばなるまい。

    • これは数年間にHP用に作成したものを手直ししたものです。修正の中心は年表の翻訳です。年表そのものや解説はほぼ当時のままです。あとで、原典編も付け加える予定です。久しぶりに手をつけたら、心理学の用語を忘れていたので困ったもんだ。ちなみに、私自身はここにある文献をそんなに読んでないが、内容の分かるやつを選んだつもりだ。

*1:情報処理優位の計算主義派のマーやフォーダーの著作も、その中身では低次の視覚処理や個々のモジュールはうまく扱えても、高次の視覚処理やモジュールを統合する中央処理はうまく扱えていない。図らずも認知主義の限界を示すことになってしまっている。