「モバイルコミュニケーション-携帯電話の会話分析-」
コンピュータや通信を利用した共同作業を研究するCSCW(Computer Supported Cooperative Work) を扱った章があるってことで、広義の認知科学に入るでしょう(サッチマンへの参照もあるし、最終章など認知研究そのものの紹介)。とはいえ、CSCWの注目株であるエスノメソドロジーを厳密に扱っているのは全体の半分ぐらいの章だが(中には会話分析のくせにエスノメソドロジーじゃねえよってのもあるし)。編集本にはよくあるように章ごとに著者がバラバラな結果として質もバラバラだ。正直いって、全体の出来はまあまあだが、日本には他にめぼしいCSCWの本が少ないのでとりあえず合格だろう(本の値段も安いし。とはいえ、エスノメソドロジーの本としてみるとちょっと物足りないかも)。
読み甲斐があるのはエスノメソドロジーに関する章が主だ(最終章だけは特別だが)。それ以外はわざわざこの本で読む必然性がない(メディア論の本なんて他に一杯ある)。一応エスノメソドロジーに関する章は一般向けを意識してか比較的に読みやすく配慮されている(章にもよるが)。特に終わりの方の章、携帯電話による道案内や携帯電話による救命指示、は面白く読める。しかし、それ以外のエスノメソドロジーに関する章は読みづらい。エスノメソドロジーの大御所である西阪仰による章もあるが、ここでの彼の分析は解釈が強くていまいちな気がする(一般向けの読みやすさを意識したせい?彼の実力はこの程度じゃないはず)。その他の他著者の章でもエスノメソドロジーによる分析はできているがテーマが絞れてないせいか、どうも文章が読みづらい。会話データが素晴らしいだけにもったいない。
読んでて思ったことは、もうちょっと整理して書いてもらえば一般の人でももっと読みやすくなってエスノメソドロジーに近づきやすくなるのでは、と。分析は悪くないんだけど文章の書き方が散漫で読みづらいと感じることが多い。学術論文ならそれでもいいが、こうした応用領域ではもう少し崩した方がいいと思う。道案内の分析の例ですると、電話での道案内では目印と方向が重要だ、と言い切ってしまうほうが分かりやすいと思う(これだとサッチマンの認知主義批判のやり方に近い)。目印から位置を確かめて方向を指示する、という基本線を用意して、実際の会話ではどううまくいったりいかなかったりするかを考えればよい(例えば「まっすぐ行くとコンビニがあるでしょ」とか「そこを右に曲がって」とか)。話者と聞き手との関係に注目すると、目印は絶対的だが、目印の指示の失敗が起こりうるし、方向は相対的で、右と左とか言っても体がどこを向いているかで全然違う、とか。だから会話ではいろいろと語られざる前提が働いていることになるし*1、逆にすべての前提を語ることも出来ない(そんなことしたら単なるうるさいやつだ。分かる人にはフレーム問題と言えば理解できるかな)。だからこそ、それまでの語られざる前提がいかにして会話で言及されることになるかに注目すればよい。*2。このあたりをきっちりとまとめて書けばエスノメソドロジー的分析は恐ろしく面白いものになるはずなのだが。この本には勿体無い賞がふさわしい。エスノメソドロジーはまだまだ可能性があるよねってことで…
- 作者: 山崎敬一
- 出版社/メーカー: 大修館書店
- 発売日: 2006/04
- メディア: 単行本
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