そこでただ突っ立ってないで、考えなさい(中篇)

(前篇)の続き

身体化された認知は思考についての考えの数世紀をひっくり返す。蒸気機関が目新しい機械であった時代に生きていたデカルトは、体(つまり頭)の中を生きた液体が動いているポンプであるかのように脳を見ており、どの時代でも人の認知システムをその時代のハイテクで説明する傾向があった。しかしデカルトは心とは別の何かであり、松果腺を通して体と交信する実体のないものだとした。
1940年代の最も有名なフランスの哲学者モーリス・メルロー・ポンティのような少数の思想家がデカルトの心身分離に挑戦しましたが、デカルトのモデルは20世紀を通して優位なモデルとして残り、時と共にその型が発展し、第二次世界大戦後の数年間での近代コンピュータの開発の後に、これがモデルの新しいバージョンとして採用されました。コンピュータとしての脳とそこで走るソフトウェアとしての心というモデルの採用。
しかしながら、1980年代にある学者たちのグループがこのアプローチに対して争いを始めました。 人工知能研究への強い失望によって一部はあおられて、彼らは人間が現実にはコンピュータのように(形式的な規則を用いて抽象的なシンボルを操ることによって)情報を処理しないと主張しました。1995年に、大きな生物学的な発見がさらなる熱気をこの分野にもたらしました。イタリアの科学者が「ミラーニューロン」を発見しました。「ミラーニューロン」とは、私たちが行為を行なっている誰かを見ているとき(または行為の描写を聞いているときでさえ)自分がその行為を行なっているかのように反応するニューロンのことだ。行なうことと考えることとが共に同時に役割を果たすことによって、ミラーニューロンはその二つが結局は切り離せないことを示している。
「あなたはコミュニケーションと認知において役割を果たしている同じシステム、すなわち運動システム、を見ていたのです」と、アーサー・ゴールドバーグ(心理学教授でアリゾナ州立大学の身体化された認知研究所の代表)は言います。
どのように運動と思考がお互いに伝えたり妨げたりするのかを調べる最近の研究の多くがこの発見から生じました。例えば、シアン・ベイロック(現在のシカゴ大学の心理学助教授)と彼女の元学生ローレン・ホルトによる2006年に出された研究では、ある身体的活動が上手であった人たちがそれらの活動についてどう考えるかを調べました
最初の研究では、ベイロックとホルトは大学のホッケー選手に(比較対象のホッケー選手でない人と共に)文を読ませたが、その文はときどきホッケーと関連があったりなかったりしていた。文を読んだ後に被験者*1は絵を見せられて、文と絵とに関係があるかを尋ねられた。ホッケー選手である方もない方も常に答えは正しかったが、ホッケーに関連した文ではホッケー選手の方が反応時間が有意に早かった。次の研究ではフットボール選手で似た結果を得た。ベイロックによると、反応時間の違いは知識の問題ではないのは、結局のところ研究のすべての被験者はほとんどの質問に正解していたことから分かる。分かったことはスポーツ選手の適切な身体的経験の著しい蓄積が心的活動の短縮に貢献していることだ、とベイロックは論じている。
「運動経験の種類によって人は異なった考え方をします」と彼女は語る。
こうした成果は単にスポーツやその他の高次の身体活動に関する思考に限られない。マイケル・スパイベイ(コーネルの心理学教授)と彼の学生のエリザベス・グラントによる2003年の研究では、空間に関連した巧妙な難問を与えられた人々は、答えに達する直前に、特有の無意識的なパターンの目の動きを示したという。被験者は無意識のうちに可能な解法を注視で演ずることで問題を成し遂げたと思われる。
8月に発表されたアレハンドロ・ルレラスとローラ・トーマス(イリノイ大学の2人の心理学者)による研究では、ルレラスが発見したそうした目の動きを誘発することで研究成果を打ち立てた。ルレラスとトーマスによると、(たとえ本人が目の動きが何かと関係があると全く分かっていなくても)目の動きを誘発することで人が問題を解く確率が著しく改善されると分かった。
「実際には被験者は目の追跡課題にとても悩まされていた。彼らはそうすることは問題解決の妨げになると考えていた」と、ルレラスは語る。
さらなる研究は空間的でない課題と記憶課題とでも見られた。スーザン・ゴールディン-メィドウ(シカゴ大学の心理学教授)によってなされた仕事では、かなり難しい問題を与えられた子どもたちは、考えながらジェスチャーするように言われると正答しやすくなった。ヘルガ・ノイス(エルムハースト大学の心理学者)と彼女の夫トニー・ノイス(俳優でディレクター)による研究では、役者がジェスチャーや単純な動きと共に自分の役でしゃべる方が、セリフを容易に思い出しやすいと分かった。
明らかに、体は人々の好みを緻密に形作っている。ジョン・カシオッポ(シカゴ大学の認知的社会的神経科学センターのディレクター)によってされた研究は、一連の中国語の文字を見せられた被験者(みな中国語をしゃべらない)は、目の前のテーブルで押し下げるか引き上げるかのどちらかをされながらその中国語の文字を見せられたのだが、押し下げながら見せられた文字よりも引き上げられながら見せられた文字を好んだと分かった。ベイロックとホルトは熟練したタイピストにセットにされた二つの文字のうちどちらを好むかを聞いたところ、(なぜそうしたのか説明できないのに)タイプしやすい文字が選ばれる傾向があるそうだ。

続きは(後篇)

*1:訳注:実験の対象となっている人のこと。この文脈では実験に参加しているホッケー選手やそうでない人たち