言語進化:科学の最も難しい問題?(1)

原文:Language Evolution:The Hardest Problem in Science?,Christiansen and Kirby,2003(PDF)

訳注:著作の内容を紹介した第1章から、全17章中のうちの9章までの説明の抜粋、ただし所々で訳の省略を含む

私たちを人間たらしめているのものは何か。私たちが環境に与える影響を考えると、自分たちを他の一千万種かそこらとは質的に違う特別な種だと感じるのも無理はない。おそらくそう感じるのは、自分自身について考えるときに客観的になるのが難しいからなのだろう。結局のところ、生物学が私たちに教えてくれるのは、どんな種も特定の生態学的な地位においてうまく適応している事実だ。にもかかわらず、人間にはどこかおかしなところがある。人は巨大で複雑で多様な社会システムに参加している。人は地球上のほぼすべての環境で生活している。人は前例のない方法で自分たちの周りの世界を形づくる。
(特に前世紀を通して)達成された成果は私たちの住む宇宙への科学的理解では驚くきべき発展を遂げた。私たちはブロックを積み上げて完璧な統一理論へと近づくその始まり方を十分に知っている。にもかかわらず、この宇宙での私たちのいる場所への理解はまだ完璧から程遠い。私たちを人間たらしめているものが正確には何であるかを理解するにはまだまだ見通しもついていない。
しかしながら、進歩が起こった。認知神経科学が脳の働きを見えるようし、最近における人のゲノム解明の成功が私たちを形作るレシピ本を与えてくれた。だが、人間性への接近こそが私たちが他の生命とどう違うかを教えてくれる。人間の特別なところの本質はまだ捉えられずにいる。
この著作では、人の持つ奇妙な性質を言語に探ることを論議している。私たち自身を理解するためには、言語をもっと理解しなくてはならない。言語を理解するためには、それがどこに由来するか、なぜこのように働くか、どのように変化したのかのを知る必要がある。
驚くことに、様々な分野の科学での著しい進歩にもかかわらず、この人間の奇妙な特性の起源と進化のついては比較的ほとんどまだ知らないでいる。なぜそうなのか。少なくとも答えの一部として言語進化の深い理解は幅広い学問分野の研究の成果を結びつけることによってのみ可能だからではないかと思っている。私たちの脳と心はどのように働いているのか、言語はどのように構成され何のために使われているのか、初期の言語と現代の言語は互いにまたは他のコミュニケーション手段とどのくらい異なるのか、ヒト科の生物学はどのように変化したのか、発達の過程で言語をどう身に着けるのか、どう学習と文化と進化とは相互に作用するのか といったことを理解すべきである。
この著作ではまず始めに言語進化の主な視点を全て紹介しており、様々な分野が言語進化の研究に関係がある。心理言語学言語学、心理学、霊長類学、哲学、人類学、考古学、生物学、神経科学、神経心理学、神経生理学、認知科学、計算論的言語学。各章は各分野の権威によって書かれており、言語の起源と進化を巡る疑問はまだ光を当てれられ始めたばかりだ。

言語進化の様々な側面

1859年、チャールズ・ダーウィンが「種の起源」を出版し、言語の起源と進化に多大なる関心が持たれた。思いつきと推論が過度に繁殖し、可能性の領域を制限する強い制約はほとんどなかったが、奇妙な思弁による理論作りが流行ってしまった。1866年、この頃の言語研究の大権威が言語の起源と進化の議論の全てを禁止するように命じたほどにまで状況が悪化した。
この禁止は世紀を超えて科学的な言説での言語進化に関する論説を効果的に排除した。言語進化への科学的関心は、1975年の「言語と話し言葉の起源と進化」の会議で再び火がついた。しかしながら、言語進化への関心が完全に復活するには、さらに15年必要とした。脳と認知の科学の発展から導き出された理論的制約に焚きつけられて、20世紀末の10年にはついに科学探求の正統な分野が現われた。
画期的な論文であるステーブン・ピンカーとポール・ブルームの「自然言語自然淘汰」が1990年に発表され、言語進化への関心を復活させる触媒となった。この論文で人の言語能力は自然淘汰による複雑な生物学的適応であるとされた。2章でピンカーはそれ以降に現われた新しい経験的データと理論的考察の光のもとに説を新しく構築した。彼は、複雑なデザインとなった言語システムの特性を次々に挙げている。視覚システムとの類比によって、そのような複雑な適応的デザインの進化への唯一のもっともな説明は自然淘汰によって生じたものだ、と彼は論じている。この説明で、社会的な情報収集と別個の「認知的生態環境(ニッチ)」内での交流の目的のために(誰が、何を、誰に、いつ。どこで、なぜ…のような)命題的な情報を符号化するために言語は生得的な特殊化として進化したとされている。さらに、ピンカーはこの章で言語の遺伝的基盤と言語進化への数学的なゲーム理論の適用に関する最新の証拠を議論している。

続きはPart 2