言語進化:科学の最も難しい問題?(2)

Part 1の続き

3章でハーフォードは、人は言語を獲得して独特の心的能力を進化させるとするピンカーに賛同しているが、言語進化の説明における文化的伝達(学習)の役割には反対している。ハーフォードは、言語進化は生物学的前適応と世代を介した言語学的適応に基づく学習との両者の組み合わせによって理解すべきであるとした。彼は言語を発生させる可能な生物学的な前段階のいくつかを挙げている。話す音声の産出(音声学)のための前適応、音を複雑な文に組み立てる(統語論)ための前適応、基礎的で複雑な概念を形作りそれで心的計算を行なう(意味論)ための前適応、複雑な社会的相互作用(語用論)のための前適応、音と概念を結びつける基礎能力(記号能力)のための前適応。一度人が前適応によって言語の準備ができると、子どもの学習機構の狭いフィルターによって世代を介して言語を伝達する過程から言語システムはどんどん複雑になっていく。ハーフォードは、文法化研究を参照して文化的伝達の過程を例示している(6章のトマセロも参照)。文法化とは急速な歴史的過程であり、それによってゆるくて冗長に作られた発話の組み合わせがより経済的な文法的な構文になりうる(「父さん」…「テニスした」…「同僚とテニスした」が「父さんが同僚とテニスした」になる)。さらに、言語進化の計算論的モデルによって文化的伝達の可能な帰結が描かれてもいる。コンピュータ・シュミレーションによって世代を介して学習を繰り返すことで人工的エージェントの集団から単純だが調和した言語がシステムが生み出されたことを、ハーフォードは描いている。
この著作は、過去10年に生じた言語進化の研究での様々に異なる研究努力へのあかしである。しかし、4章でニューマイヤーは言語学の研究者は言語進化の関心の復活への参加が遅かったという驚くべき事実を指摘している。その理由の一部として、言語学には進化したものを描き出すのに対する同意がなく、これがどのように進化したのかを解明するのを複雑にしている、と彼は言う。別の理由は言語学の重要なドグマ、斉一説にある。ほぼ全ての言語学者は当然のように(重要な意味合いで)どの言語も等しいと見なしている。つまり「原始」言語なんて存在しない。定住しない狩猟採取生活を送る民族の言語が産業社会で話される言語より複雑さで劣るわけではない。言語進化を通じて言語使用において違いが生じるのだから斉一説は検討される必要がある、とニューマイヤーは述べている。例えば、言語はもともとコミュニケーションというよりもむしろ概念化の道具として使われたかもしれない。言語の生物学的基盤や時代と共におきる言語変化をより理解するためには、言語進化の研究者が増えるように斉一説を見直すべきだとしている。
8章でビッカートンは言語進化に興味を持つ言語学者があまりに少ないと言う奇妙な事実を論じている。言語学者の視点から見られる言語に関する事実とは一致しない単純化された「おもちゃ」な例に基づく理論が多くの非-言語学者から提出されている。こうした背景に対して、進化的視点からの言語への接近する上で、斉一でない現象としての言語つまりモジュールやシンボルや構造をもたらすものとして言語を見ることは重要である。統語構造をもたらすことのできる脳の回路の生物学的適応とシンボル的表象の大々的な文化的発生とは、人間言語を生じさせた二つの別の進化的源である。前者(生物学的適応)だけが話法が進化するような状態への選好をもち、言語のシンボル的構造的な要素の前もっての存在が言語進化への必要な条件だとした。この視点から、シンボルと構造の進化的分離が類人猿の言語研究に反映されており、そうした類人猿研究ではシンボル的関係の学習は人間に近いが文法理解は限定された形でしかしか見られない。こうビッカートンは結論づけている、シンボルの構造的操作の能力こそが(他の種ではなく)人間に全く持って入り組んだ複雑な言語をもたらしたのだと。
ビッカ−トンが言語進化の理解における言語学の重要性を強調するのに対して、トマセロは心理学の役割を強調する。にもかかわらず6章でトマセロは、シンボル使用と文法(統語的構造)との能力が別々に進化したことが人間のコミュニケーションを霊長類のコミュニケーションと区別しているとしている。ピンカーやビッカートンと対照的に、トマセロは言語的コミュニケーションのための特別な生物学的適応はないと言う。人の文化とシンボル的コミュニケーションを可能にする広い意味での複雑な社会的認知のための適応があったとする。適応の重要な部分は、注意と行動を共有したり操ったりするような意図を持った相手として他の個体を認めるために進化した能力である。文法能力はその後に発展したのであり、生物学的な適応が付け加わることもなく、世代を超えて起こる文法化の過程を経て磨きをかけられた(3章も参照)。こうした見方によって、トマセロは子どもの言語発達研究と人以外の霊長類の言語学的社会的心的能力との心理学的データを概観している(9章も参照)。一般的に言えば、トマセロは言語の起源と発生を人間の文化の進化のより大きな過程の一部として捉えている。

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