日本の保守主義理解を考察する

日本の保守主義理解は欧米と違っていておかしい。欧米の保守主義は、皆でいろいろとやりとりしながら地道に社会を改良していきましょう、と言う含意があるのに日本ではそれがあまり見られない。ロマン主義と一緒にされたり、大衆社会批判と勘違いされたり、反近代主義にされたり、単なる反動と混同されたり、と奇妙なことになっている。
西洋の保守思想はフランス革命の悲惨な結末から生まれた考え方である。代表的な思想家は、バーク、トクヴィルチェスタトン、T.S.エリオット、ハイエク、オークショットなどがいる。基本的に一方的で急激な社会改造を嫌う特徴がある。実際に、その時代によってフランス革命批判や異端嗜好批判や全体主義批判などが保守思想では論じられてきた。その上で、議会活動などの地道な実践的活動が重視されることになる。しかし、日本では保守主義がそういう理解をされているようにはあまり見えない。
日本で保守主義論者として有名な西部邁がいるが、彼の保守主義理解にはズレを感じる*1西部邁はどちらかと言うと大衆社会批判を好む傾向があり、それが彼の保守主義の基層になっている。だがちょっと検討してみるとおかしなことに気づく。彼が保守主義の源泉として挙げている思想家にニーチェオルテガがいる。ニーチェオルテガ大衆社会批判によって西部邁には好まれているらしいが、これは考えてみると変だ。保守主義大衆社会批判を含意することはありうるがそれは主眼ではない。結果として含意にするにすぎない。イギリスの保守主義チェスタトンニーチェ嫌いで有名だが、それはニーチェの異端嗜好に由来する。ニーチェオルテガはむしろ精神的貴族主義者なのであって、普通は保守主義者とは呼ばない。西部邁は精神的貴族主義を好んでいる傾向があり、その点ではロマン主義的でさえある。ロマン主義保守主義はほぼ同時期に出現した思想だが、互いに相性がいいとはあまり思えない。ロマン主義保守主義を逆説を好む点で一致させる人もいるが、逆説を好む典型的な保守主義者がニーチェ嫌いのチェスタトンであることは皮肉だと思っていい。陶酔的なロマン主義と地味な保守主義がどうして混同されるのか、考えてみるとさっぱり訳が分からない。むしろ、(不可能な理想を求める点で)ロマン主義マルクス主義の方が相性がいいくらいだというのに。
もうひとつ勘違いされやすいのが、日本では保守思想が反動や反近代と結び付けられて考えられていることだ。議会政治を重視していることなどから分かるように、西洋の保守思想はむしろ近代主義と緩やかに結びついているぐらいだというのにだ。ここには日本の近代後進国としての特徴が表れている。初期の保守思想で取り上げられているのはイギリスやアメリカやフランスなどのいわゆる連合国ばかりだ。対して、ロマン主義の発祥の地ドイツやマルクス主義のような運動が強いイタリアなどは枢軸国だ。連合国に比べて枢軸国は近代的には後発国だ。もちろんアジア主義を提唱していた日本もこの特徴に当てはまる。(とりあえず上からの無理な動きを批判しておけば)下からの運動が自然と起こる連合国と違って、枢軸国では下からの運動が自然とは起きない。だから、枢軸国では一部のエリート的な人物がロマンティックな対象を持ち出して運動を先導する。民権運動も大正デモクラシーアジア主義マルクス主義もその点では似ているところがある。しかし、そうしたロマン主義は一方で精神的貴族主義(例えば岡倉天心)につながるが、他方で大衆的な全体主義に短絡しやすいところもある。また、エリートの中でも近代主義ロマン主義が対立する傾向があり、エリート主導の近代主義に対する民衆側の反発は本来は反動的と呼ぶ方が妥当だが保守主義と日本では勘違いされるところがある。戦後になって、近代主義に対抗する反動主義がロマン主義的な精神的貴族主義と混同されたこともややこしさに一因になっている。かといって、全体主義的な大衆社会に対して精神的貴族主義をぶつけること自体が既に近代後進国的でもあるのだが。その上、自民党保守政党だとされり反アメリカが保守的とされたりと混乱にさらに拍車を掛けることになってしまっている。こうなると、保守主義が何を意味しているのかさっぱり分からなくなる。
戦後の日本に保守思想を論じた独自の論者がいないわけではないが、なぜかあまり言及も参照もされない。文芸保守の福田恒存江藤淳、日本社会を考察した山本七平小室直樹、などはもっと注目されてしかるべきだと思う。正直なところ、偽者保守である日本のロマン主義や反動主義にはうんざりしている。今の日本にこそ(単なる現状追認ではない)本物の保守思想は必要である気がする。

*1:一応注意しておきますが、以下で論ずるのは、西部邁の思想傾向の検討であって、論者としての評価は別です。それはここでの争点ではない