ソータル(sortal)について自力で考えてみる(正確な定義は自分で調べましょう!)

ネット上でソータル(sortal)という用語を見かけることが何度かあって、自分はこれについて何も知らなかったのだが、書かれていることから何となく普遍に該当しなくて分類できるもの程度に認識していた。つい最近調べ物をしていたらスタンフォード哲学百科のソータルの項目が見つかったので目を通して見た。それで分かったことは、私の認識はそれほどは間違ってはいなかったと思うけど実際にはかなり曖昧な概念で厳密な議論には使いにくそうである(残念ながらこれは分析哲学においてはかなり痛い弱点だ)。
(何と訳せばいいかよく分からないので片仮名表記で)ソータルという用語は、歴史的にはロックにまで遡れるらしいが、用語として分析哲学で用いられるようになったのはストローソンやクワイン以降だということで比較的に新しい出来事のようだ。スタンフォード哲学百科の項目ではいきなりソータルは数えられるものだとあるがこの話は後にしよう(日本語には可算性がうまく反映されてないのでこれが必ずしも大事な性質に思えないというのもあるが)。ここはやはり私が最初に推測した「普遍に該当しなくて分類できるもの」という定義がどこまで正しいのか?を確かめよう。この定義は大間違いではないけれど(自然種はソータルではないとされがち)、分類できることはそれを同定できることと同じだから問題ない(しかもこのことは「それは何?」に対する答えになりうることでもある)としても、ストローソンはソータルを普遍との関係と結びつけてるし唯名論者(例えばクワイン)もソータルという用語を使うのでこの定義では問題がある(まぁ極端な唯名論を自認しながら自然種の存在を平気で認めるような発言をするクワインに対する疑念は脇に置こう)。だからもう少しマシな定義は「自然種に該当しなくて分類できるもの」ぐらいだろうか。
自然種に該当しない程度じゃまだ分かりにくいが、実際にソータルの例として挙げられるのは生物種(牛や杉)や人工種(机や家)で、任意に分類できてしまうものが典型となる。生物種がソータル(普遍っぽくないもの)に当てはまるようになったのは生物学が発展した現代ならではの事で、昔(でもそれほど昔でもない)だったら生物種は普遍であるかのように扱われていた(クリプキ「名指しと必然性」でさえ自然種と生物種は一緒に論じられていた)。生物学的に見ると生物種の境界は曖昧で生物によっては亜種だらけってこともあるが、生物種の問題はややこしくて生物学の哲学では論争の的になっているが、ここでは普遍であるかのように扱うことはできないと指摘する程度にしておこう。それよりむしろ生物種(てか人工種だって)は本当に分類(同定)可能であると言ってしまって良いのか自体も私にはよく分からないが、これ以上に話をややこしくしても仕方がないのでそこはもう問わないでおこう。分類可能である事と分類の境界が曖昧である事は別のことであると自分に言い聞かせてここは済まそう(分類の境界が曖昧である事が普遍に該当しない証拠なのかもしれないが、この辺は真面目に考えると頭痛くなってくる)。
ソータルの定義にはさらに何のためにあるのかよく分からない所があって、それが最初に挙げた数えられることであり、その延長でもう一つはその部分にはその分類を適用できないことだ。この定義だと液体や気体はソータルではありえないこと(水は部分をとっても水だが、生物は部分をとったら生きていない物だ)になる。しかしこの定義が大事なものなのかは私にはどうも分からない。ソータルとは普遍っぽくないものを示す便利な言葉って程度に思っていたのだが、この定義が加わる事でそう思いにくくなる。つまり複数の種類の液体や気体を混ぜたサラダ・ドレッシングや(割合の定まった)混合ガスや(いろいろ混じった)ジュースやソーダは任意に他と分類できるにも関わらずソータルではなくなる。ドレッシングも混合ガスも数えられないのは当然のことながら、(均等に混ざっている限りは)その部分にも分類が当てはまってしまう。普遍に該当しなくて分類できるものを指す便利な言葉ぐらいに考えていると、なんでわざわざ(液体や気体を除外する)こんな面倒な制約を設けないといけないのか訳が分からない。哲学百科の項目にはソータルの論理なる項もあってそれは可算性が前提にされているが、論理構築のためにそうした制約を設けたとしたら本末転倒のいいところだ(もちろん年代的に考えても違うはず)。ロックは一般名に対応するものとしてソータルを使っていただけだから、この制約が必要なのかますます分からない。
結果として思うことは、ソータルという言葉はできればあまり使いたくないなぁ〜ということだ。分析哲学の長所である厳密な論証をする上で使うにはどことなく曖昧さが漂うし、かといって広い意味の便利な言葉として使うのもためらわれる。個人的には生物種の話や人工種の話と個別に分けて議論する方が面倒がなくていいように思う。