竹島博之「カール・シュミットの政治」

カール・シュミットの政治―「近代」への反逆

偏見を持たれがちなシュミットの政治思想をバランス良く概観した良質な研究書

ナチスの御用学者と非難されがちなシュミットの政治思想を元々の歴史的文脈から読み解いた、解説書としても有用なバランスのとれた思想史研究書。この本ではそうしたシュミットの政治思想が、本来はナチス擁護のためではなく考え出されたことをうまく説明している。ただし、後期に関してはシュミット思想の魅了を十分に引き出せていないと感じてしまうので残念。
ドイツの政治思想家カール・シュミットナチスの御用学者として非難されがちだが、その一方でその政治思想の書は現在でもとても評価が高い。そうした複雑な事情のせいでシュミットの政治思想には偏見が持たれやすいのだが、シュミットは前期を中心とした最盛期には著作の数が多くなかなかその像が掴みにくい。この著作ではナチス台頭以前のワイマール期に遡って、シュミットの政治思想がそのような意図で考え出されたのかを検討している。
当時のドイツの民主的議会政治が異なる利益集団の間での闘争によっていつまでも何も決められない状態にあり、その結果としてドイツが国家として弱体化してしまっている事をシュミットは憂いている。そうした何も決められない政治に対する処方箋として提出されたのが決断主義である。具体的には大統領の権限を高める事によって決められる政治制度を提案したが、それも時代状況の変遷と共に大統領の役割が単なる調停から極端な決断へと変化していった。シュミットが支持していたのは本来は大統領だったのだが、次第にナチスに接近する事になる。
上で説明したのは第二章の内容が中心だが、第一章ではその決められない政治の源ともなったシュミットによるドイツ・ロマン主義の分析が紹介されている。第三章は、ホッブス論を介してレオ・シュトラウスと対峙したカール・シュミットの姿を描いた本書の白眉とも言える章になっている。第四章は国際関係へと思索を広げた戦後のシュミットが紹介されているが、過去のヨーロッパの美しき国際秩序へのノスタルジーが中心で、現在に至る国際関係への鋭い分析(パルチザン!)が見えにくくなっていて物足りなく感じる。
カール・シュミットは、その結論はどうであれ、その議論の過程で見せる分析の鋭さでは他の追随を許さない。なので、ナチス擁護の学者だと偏見を持って知らないでいるのはもったいない。この著作は書き方はあっさりしているが、最盛期を中心としたシュミットを概観するのに優れた著作となっている。

おまけ

この著作は分かりやすく書かれているので、私が特に整理や批判をしなくても普通に読めると思うので、これ以上あまり書く事はない。実は、以前ムフによるシュミット論を読んでがっかりしたことがあった*1。そのせいでもっときちんとしたシュミット論を読みたいと思ってたまたまこの本を手に取ったのだが、これが当たりだった(傑作が言い過ぎだとしても良作だとは思う)。第四章の後期シュミットには不満も残るが、かといって何か語れるほど私自身がシュミットに詳しい訳ではないのでそれは脇においても、第一章から第三章まではとてもよく出来てると思う。この本の三分の一が注を占めていて本論があっさりしてて短めにも感じるが、それもあまり欠点に感じない。とりあえずお勧めの本ですが、高い本なので図書館で借りる方がいいかな。
これを読んでて思うのは、同時代のドイツの他の学者と色々な点で似ていることだ。シュミットはケルゼンに代表される実証主義法学を批判しているが、その批判はマックス・ウェーバーの官僚制批判と問題意識が近い。つまり、単に日常を回すだけの官僚制や実証主義法学では政治的決断が必要とされる状況(例外状況!)に対処できないと指摘されている。その結果、シュミットは政治家に決断主義を求めるのだが、これはウェーバーの「職業としての政治」を思わせる。しかし、シュミットの決断主義は政治家だけに求められるのではなく、利害に右往左往するブルジョア的な生活に浸った人々から政治的実存が失われていることも批判されている*2。こうした実存主義的な考え方は同時代のハイデガーを思い出させる。ただしさらに興味深いのは、シュミットにおいては実証主義法学に代表される啓蒙主義的な思想だけが批判されるではなく、何の決断をすることもできずに永遠の対話をし続けるロマン主義も批判されている。これはナチスロマン主義との近接性が示される事の多さを考えると意外にも感じる。ドイツにおけるロマン主義実存主義の関係というのはもっと考察されるべきなのかもしれない。
ちなみに、第四章については、現在に至る容赦のない国際的な戦争とは異なる過去のヨーロッパの程度をわきまえた国際的な戦争に言及されいるが、よく読むとそうしたヨーロッパ内の国際的抑制はヨーロッパ外との対照性によって成立しているとある。でも、それってヨーロッパ外の原住民虐殺や植民地主義を背景にしてのヨーロッパ内の抑制とも読める。それから、過度にバランスをとろうとした補論はいらなかった気もする。特に本論でシュミットに批判されているロマン主義の特徴があるが、補論1では同じ特徴がロマン主義の長所とされていて、せっかくのシュミットの洞察を弱めてしまっている。あと、本当は第三章のシュミットとシュトラウスの比較が一番面白かったのだが、であるが故にここに書く事を見つけるのかえって難しいなぁ。

カール・シュミットの政治―「近代」への反逆

カール・シュミットの政治―「近代」への反逆

*1:著者も自由主義と安易にすり合わせたご都合主義なムフのシュミット観を間接的に批判している(p.305)。

*2:政治的実存を失った国民が勝手に決断してくれるカリスマ政治家を無責任に求めるナチス時代のドイツという状況は、日本でも繰り返されているなぁ