Michael Loux"Metaphysics:A Contemporary Introduction"(&おまけのひとりごと)

Metaphysics: A Contemporary Introduction (Routledge Contemporary Introductions to Philosophy)

その分野の第一人者がカテゴリー論の視点から分析的形而上学を概観した優れた教科書

世界の根本の構造を問う哲学としての形而上学における(分析的な)議論をまとめあげた教科書。ただし、序文にもある通り、形而上学の中でも神や心の問題は他書に譲ることにして、あくまで物の存在問題だけが扱われている。教科書と言っても洋書なので、独立した読み物としてもよく出来ている。分析的形而上学の主要な議論を一通り解説しているので、この分野の学習にピッタリ。それなりに分析哲学に慣れていないとさすがに読み進めづらいが、全体としてはとても読みやすく書かれている。主要な議論を一通り紹介しているだけではなく、全体をカテゴリー論という視点でまとめあげている点も優れている。もし本格的に分析的形而上学について学びたければ是非お勧めしたい著作だ。
(分析的)形而上学についての著作は日本語でもある程度は読めるようになったが、たとえ入門的な著作であっても個々のテーマに関する議論は紹介されていても、そもそも形而上学とは何か?形而上学は何を目指しているのか?という根底となる問題意識が伝えられていないように感じる。これは分析的形而上学の代表的な学者が書いた教科書であるが、教科書としてはあまりに優れていて読み物としてもよく成立している。
まず個々のテーマについての議論の紹介が手際よくまとめられており、(必ずしもこの分野に限った話でもないが)下手な日本語文献を読むよりもたとえ英語であろうとこの著作を読むほうがよっぽど分かりやすい。(洋書ではよくあることとはいえ)文献紹介もしっかりしている。しかし、この著作の最大の特徴は全体が統一された視点から書かれていることである。その最も大きな枠組みは、形而上学を世界の根本構造を捉えるためのカテゴリー論として理解することである。例えば普遍問題とは普遍の存在が世界の理解にとって本当に必要か?を問うものである。それとも関連した形で、物質の構成(基体説か束説か)や様相(必然性と可能性)についての議論が前半では紹介されている。後半では因果・時間・持続の問題が扱われて、最後の章ではこれまでの形而上学な議論そのものを否定するかのような反実在論が紹介されて終わるが、この全体の構成そのものがとても綺麗にまとめられている。形而上学に個々のテーマについての瑣末な議論には還元できない視点をもたらしてくれる点でも貴重な著作である。
私にはこの著作の欠点は本当に見つからないし、そもそも欠陥を見つけられるほど私が(分析的)形而上学を理解していないのかもしれないが、ただ一つだけ気づいた注意点を挙げておく。metaphysical realismという用語の使われ方が、日本でよく知られているヒラリー・パトナムの使用法とは異なることである。著者のLouxは普遍問題におけるrealismをmetaphysical realism、反実在論に対応するrealismを頭文字を大文字でRealismと表記しているが、パトナムが批判している形而上学実在論とはLouxの言うRealismに当たる。そもそも日本にはrealismには2つの意味があることを始めとして、(この分野に限った話でもないが)基本的知識があまり普及していないことも多い。こうした海外の信頼できる教科書を読むことはとても意義のあることである。
軽く入門するぐらいなら日本語文献でも事足りるかもしれないが、もし本格的に(分析的)形而上学を学びたいならこれを読むことをお勧めします。個々の議論のまとめ方の手際良さもさることながら、(分析的)形而上学を単に個々のテーマで瑣末な議論をしているだけではないとする統一的な視点をもたらしてくれる点で、単なる教科書を超えた素晴らしい出来となっている。ちなみに、私が読んだのは2006年に出版された第三版であり、版を重ねる毎に増補修正が施されている。

Metaphysics: A Contemporary Introduction (Routledge Contemporary Introductions to Philosophy)

Metaphysics: A Contemporary Introduction (Routledge Contemporary Introductions to Philosophy)

勝手なひとりごと

私は(まだ日本語文献がほぼなかった何年か前に買った)この本から分析的形而上学を学んだのであり、お世辞抜きで素晴らしい教科書だとは思っていたのだが、私はこの本を通して読んだとは言えない(せいぜい通して読んだと言えるのは前半だけで、あとはつまみ食い状態)のでレビューを書く気もなかったのだが、日本の状況を見ていると一応簡単なレビューぐらいあったほうがいいかもしれないと思って思い切って書いた。
とはいえ、自分には分析的形而上学には以前ほどの興味はない。今から考えると勘違いして(分析的)形而上学に興味を持ったのだけれど、一応は努力して勉強したのでそれなりの理解には達しているとは思う(たぶん)。しかし物の存在を扱う形而上学が、無機的な物を扱う学問(物理学や化学)が苦手な私にしっくりくるはずもなかったのだ。とはいえ、心身問題も形而上学の一部であり、そっちには興味のある私には無駄な勉強だった訳でもなかった(と思いたい)。主流の物理主義的な形而上学を知っていたからこそ、最近になって知った汎心論も理解しやすかったのは幸いとも言える。とはいえ、(分析的)形而上学が面白いかと言われると困ってしまう。(この教科書が形而上学に統一的視点をもたらすと言っておきながらなんだが)分析的形而上学の個々の議論は高級なパズルなんだと割り切った方が面白く思えるのかもしれない。いや、せめてこの著作で扱われている形而上学的立場(普遍問題や持続問題などの説)にスーパーヴィーニエンスによる心身問題の解消を付け加えた物理主義的な形而上学的な体系がありうることぐらいは心の隅に留めておいた方がいいかもしれない(それがあってこそ対立する汎心論の体系が成立する)。