リチャード・スティーヴンス「悪癖の科学」

悪癖の科学--その隠れた効用をめぐる実験

イグ・ノーベル賞を受賞した心理学者が科学的心理学の面白研究を面白おかしく書いた一般書

この前の記事で心理学研究(特に実験)の持つ問題を取り上げたが、その時コメント欄で過去に私が見かけた奇妙な心理学研究の具体例をなかなか挙げられなくて困ったことがある。しかし、ここに心理学の奇妙な研究を取り上げた一般向け書籍を見つけた。心理学が奇妙なテーマを科学的に扱おうと努力してきたことがよく分かる良書だ。
著者はイグ・ノーベル賞を受賞した経験がある心理学者だ。イグ・ノーベル賞とは何でこんなテーマを思うような奇妙なテーマを科学的に研究した成果に与えられる賞だ。受賞したのは悪態をつくと痛みが軽減されることを実験によって実証した研究だが、それもこの本で取り上げられている。他にも、連続してやるなら同じ相手と違う相手とではどちらが性的に興奮するか?、生きるか死ぬかの危機の最中は本当に時間の流れが遅くなっているのか?など、わざわざそれを真面目に調べるの?と思ってしまうような研究が次々と取り上げられている。
これはこの前の記事のコメント欄でも書いたが、どんな奇妙な研究でも科学的な厳密さが守られていればそれは認めざるを得ない。この本で取り上げれているのはそうした奇妙な研究の数々だが、著者はその奇妙さだけを強調してはいない。本のあちこちで心理学の科学的研究の諸側面にも触れられていて、ここで取り上げられた研究も安易に信じる必要はないと言っている。例えば、相関関係と因果関係は異なるといった基本的知識にも触れられているし、研究の再現性についても触れられている。その点では、心理学の科学的研究のあり方を一通り知るにもこの本は適している。
心理学者の書いた本は当たり外れが大きく、文才のない学者の書いた本はたいてい内容にまとまりがなくてつまらない。この本は心理学者の書いた割には読みやすくて面白おかしく見終えることができる。その上、科学的心理学の研究法についても分かりやすく触れられており、この本の内容を安易に信じる必要はないと指摘している所など著者の誠実さが現れている。内容がしっかりしている上に(ただの暇つぶしでも読めるぐらい)文章も読みやすいので誰にでもお薦めできる本です。

悪癖の科学--その隠れた効用をめぐる実験

悪癖の科学--その隠れた効用をめぐる実験

この本で取り上げられているのは実験から各種調査まで幅広く、前の記事で取り上げた再現可能性になった研究よりも幅広い研究が取り上げられている。ただ再現可能性が問題になるのは、この著者も指摘しているような最も科学的に厳密な結果が出る実験が中心である。はっきり言ってしまうと、科学的厳密さの点では実験と各種調査とでは明らかに優劣関係がある。だからこの点では再現可能性を取り上げた雑誌の特集にあった、実験が特別視されていることへの非難は多少見当はずれだ。ただし、実験でできることや分かることには限界があり、各種調査にしかできない分からないこともあるのだ。
ちなみに、私が思い浮かべた奇妙な研究はここで取り上げられたものよりももっと社会心理学寄りだったのだが、それこそたまたま有意差が出た(無理やり出した?)だけで再現可能性などありそうもないものだった覚えがある。