なぜ今の人工知能ブームは認知科学とあまり関係がないのか?

現在は三度目の人工知能ブームだとも言われている。それは深層学習と呼ばれる機械学習の発達による成果によるところが大きい。しかし、人工知能と関連が深い認知科学ではそうした人工知能ブームの影響はあまりない。人工知能そのものについては様々な良書が増えてきたのでそれを読んでほしいが、この辺りの事情については (日本では語れる人材がいないせいもあって)語られることはあまりない。
核心に入る前に確認しておきたいのは、認知科学関連では世間的なブームと学問的なブームに乖離があることも多いという点だ。人工知能には三度のブームがあったされている。一度目のブームはおそらく人工知能が提唱されたダートマス会議の頃だと思われるが、世間的によく知られていたのはむしろ映画「二千一年宇宙の旅」のHALだと思われる*1。この時点で現実と虚構で違っている。二度目のブームは1980年代のエキスパー卜・システムの頃でこれについては最近の説明でもまず触れられる。しかし、同じく1980年代にはコネショクニズム・ブームというニューラルネットワークの学問的なブームが起こっていた。むしろエキスパート・システムのような考え方は古典的人工知能として批判されつつあったのだ。そして、現在の三度目の人工知能ブームはこうしたニューラルネットワークを改良した深層学習の華々しい成果が元となって起こっている。しかしそれはあくまで技術的な改良であって、脳のモデルとはあまり関係がなくなってしまっている。
現在のニューラルネットワーク機械学習)は脳のモデルとしては構造的にも機能的にも脳とあまり似ていない。確かにニューラルネットワークは初期のアイデアとしては脳をモデルにして作られたのだが、現在の複雑になったニューラルネットワークを(比喩以上の意味で)脳に似ているということには無理があるし、そういうものとして意図して改良された訳ではない。更に問題なのは、現在のニューラルネットワークは現実の脳(心)と機能的にも似ているとは言い難いことだ。深層学習を中心とした現在の人工知能パターン認識が得意で意味的な言語処理が苦手だといった、人工知能になにができるか?の問題は巷の人工知能本にあるような知識なので、詳しくはそっちを読んでください。ここで焦点を当てたいのは、深層学習は学習のために大量のデータを必要とすることだが、それは人の心の特徴としてよく指摘される刺激の貧困問題(プラトン問題)に明らかに反していることだ。つまり、人が現実に触れられる経験は量的に限られているのに、どうしてそこから必要な規則を学ぶことができるのか?という問題だ。過去にはそうした問題に答えるためにエルマンネットのようなニューラルネットワークが考え出されたこともあったが、それは第二次ブーム時の話で今回とは関係がない。ある種の機械学習は今でもニューラルネットワークと今でも呼ばれているが、それは過去から引き継がれた名前なのであって、別に今のニューラルネットワークが現実の脳と構造的にも機能的にも似ていることを意味している訳ではない。

*1:ちなみに、初期のニューラルネットワークのアイデアはこの頃にだいたい出ている