書評 O.A.ハサウェイ&S.J.シャピーロ「逆転の大戦争史」

逆転の大戦争史

法学者が戦争の違法性を巡る歴史を描いた読みやすい一般書

本書は原題は「国際主義者たち」で副題は「いかにして法外な戦争へのラディカルな計画が世界を形成したのか」だ。国際主義とは力の均衡を謳うリアリズムと対になる交際関係論の用語で、世界中の国家の協調を主張する考え方だ。著者らは基本的に国際主義を擁護する立場だが、その部分は最後に主張されるだけで、本文の大部分は戦争の合法/違法を巡る歴史について読みやすく書かれている。全体としては、国際関係論 (国際法)についての一般書として読む価値はあるが、やはりこのテーマに興味のある人以外にもお勧めできるかは微妙(知識ゼロだと流石にきつい)というところだろうか。本に対する評価が厳しい私でもこれが良書であることは認めざるを得ない。

この本は全体の流れとしては、第一部が近代ヨーロッパ成立期の旧世界秩序・第二部で世界大戦期の移行期・第三部が戦後の新世界秩序となっており、大きく歴史的な流れに沿って構成されている。先に各部についての私の評価を述べると、第一部は本書の白眉、第二部はいいところも悪いところも半々、第三部は各章の話は興味深いがまとまりに欠ける…といったところだろうか。全体としては、厳密な歴史書にありがちな事実の淡々とした記述でもなく、事実や知識に無頓着の評論家や雑な学者が書きがちな大味な歴史観披露とも異なり、文献に基づきながらもその時代の傾向を適切に示したバランスの取れた著作となっている。

一般的に、交際関係論はウェストファリア条約から語られることが多い。しかしこの本の特徴は、近代ヨーロッパの作り上げた旧世界秩序をウェストファリア条約より前の法学者グロティウスにまで遡って論じていることで、そのことで旧世界秩序の隠された目的を明らかにしていることだ。一般的には平和主義者とされていたグロティウスを、その若き頃の文書にまで立ち返ってその本意を明らかにする第一部はこの著作の白眉と言って構わない。旧世界秩序において、いかに戦争が合法化され、それがどのような目的で為されたのかを見事に描いていており、読んでいて感心することしきりであった。この部分だけのためでもこの著作は読む価値はあるかもしれない。

この著作のもう一つの特徴は、それまで注目されることのなかったパリ不戦条約に注目することで、旧世界秩序と新世界秩序との闘争から新世界秩序の成立へと向かう過程を描いていることだ。特に第二部の前半は明治維新から世界大戦期に至る国際的な日本の動きを描いており、日本で生きる人なら興味を持って読みやすい。大きな特色としては、欧米では第二次世界大戦に突入する日本は否定的に描かれがちだけれど、この本では旧世界秩序に学んだ日本がその後の新世界秩序への動きに抗するという図式で書かれており、当時の日本に理解を示した描かれ方をしている。ただし、そうした理解ある態度は日本と同じ枢軸国であるドイツには示されず、第二部後半における世界大戦期のドイツを生きた著名な法学者カール・シュミットについての論述はナチスに協力した御用学者という旧態依然とした描かれ方をしている。その結果、世界を都合よく分割した連合国が(侵略)戦争を違法化する新世界秩序を形成しようとしたという視点が(気づいているにも関わらず)弱くなってしまっているのは否めない。そしてその視点が欠けているせいで、なぜ世界大戦の終戦後に連合国側が植民地を手放すポストコロニアル時代がやってきたのかが見えにくくなっているのはこの本の大きな欠点だと思われる。

第三部は第二次世界大戦が終わった後の、戦争が違法化された新世界秩序がどのような世界か?が描かれている。小国家の増大やその結果としての失敗国家の発生など各章の話自体は興味深いのだが、いかんせん第三部全体にまとまりがあまりない。その理由はすでに述べた理由もあるしそもそもまだ歴史的に近すぎて客観化できないせいもあるだろうが、いくら紙数の問題もあるだろうが東西冷戦にほとんど触れていないのはいくらなんでも不自然に感じる。とはいえ、個々の章の話題は面白いのでそれは勝手な無い物ねだりかもしれない。最後は国際主義賛美で終わるが、そうした思想的主張はほぼここだけで抑えらているのも好感が持てる。

国際関係(国際法)の歴史についての一般向け書籍としてバランスの取れた読みやすい本となっている。本文において思想的偏見はかなり抑えらているので、国際主義への賛否に関わりなくお勧めできる。

逆転の大戦争史

逆転の大戦争史