最近読んだネットですぐ手に入るお勧め論文

認知科学については、今でも色々と読んだり考えたりはしているのだが、自分の興味と日本での世間一般の認知科学について知識との差が大きすぎて、何を書けばいいのかよく分からない。実際のところ、最近このブログでよく読まれてるのは、未だに生成文法認知言語学の入門記事だったりする(十年近く前に書いた記事なのに)。

かと言って、このブログを放置状態にするのも何なので、そこで比較的最近読んだ面白かった日本語の学術論文(すべてネットでpdfが手に入る)を紹介してみます。

山泉実「言語学の理論的研究を阻害する諸バイアス 」

ここ最近読んだ論文の中では、google:山泉実 言語学の理論的研究を阻害する諸バイアスは断トツに面白かったし、日本語の論文でここまで衝撃を受けたものはもうずっとなかったと思う。

生成文法認知言語学などの理論言語学については、自分の認知科学への興味の関係もあって、たまにネットで論文を手に入れて読むことはある。理論言語学については、近年(ここ十年ぐらい)に読んだ日本語の論文では、ピダハン論争や進化言語学の論文以外ではあまり面白いと思うものは少なかったが、別に私は言語学の専門家ではないし、気にしてはいなかった。しかし、この論文を読んで、専門の言語学者でも最近の理論言語学に進展がないことを指摘しているのに、衝撃を受けた。

正直、日本の認知言語学の論文の大半は面白くない(誰かの分析をなぞってるだけ)のは元から知っていた。ミニマリストプログラムが進化学者向けの研究プログラムで、言語学者向けではないことも知っていた1。文法性判断の曖昧さの問題も知らなくもなかった。しかし、それらから理論言語学が停滞してるとはっきり結論付けられるのは、門外漢の私でもショックを受けた。

ただ、この衝撃的な論文も日本の専門の言語学者にはほとんど影響を与えないんだろあなぁ〜…と予測せざるを得ない。だって、多くの言語学者はこの結論を真に受けたら仕事できなくなっちゃうよね。むしろ、この内容なら英語で書く方がまだ読まれるかもしれないが、英語圏の理論言語学は(五十歩百歩感もあれど)もう少しマシな気もする。

つい最近までの理論言語学の展開については、google:Stefan Müller Grammatical theory From transformational grammar to constraint-based approaches. Second revised and extended editionがお勧め。私の勝手な予測では、これからの理論言語学は統計的になるか(構文も込みで)lexicalになるか辺りが生産的な方向かな…と思う。

モハーチ ゲルゲイ「薬物効果のループ」

この前の記事で、新しい唯物論存在論的転回に触れたが、これらの考え方を用いた良質の人類学の論文がネットで手に入る。google:モハーチ ゲルゲイ薬物効果のループ 西ハンガリーにおける臨床試験の現場からは、薬の治験が実際にどのように行なわれているかを追った医療人類学者の試みが描かれている。

薬の治験では無作為化対照試験(Randomized Controlled Trial; RCT)という、統計的に厳密な方法が使われているが、それが現実にどのように実施されているかをフィールドワークの成果を元に分析している。科学的な厳密な手法と、実際に治験に参加してもらって薬を正しく飲んでもらう現場の努力が対照的な形で描かれていて、とても興味深い。日本の懐疑主義者の(内容の薄い)エビデンスベース論よりも、これを読む方が得られるものは多い。

論文中で直接に参照されているのは存在論的転回で有名なストラザーンだけだが、様々なアクターがネットワークを形作っている感じは新しい唯物論的なラトゥールを思わせる。

ただ、自然と文化の二項対立への批判は理解できなくはないが、その批判自体が文化の側からなされているし、そもそも人類学そのものが自然人類学(特に進化)と文化人類学に二分している状況を考えると、扱いは慎重にすべきと思う。むしろ、文脈によって自然と文化の境界が強化されたり消え去ったりする具体的な過程を描き出す方が、一方に加担しないで済むはずでは…

川島正樹『アメリカ大衆音楽と「人種」の陰影 』

別の調べ物をしているときにたまたま見つけて読んでみたらのが、google:川島正樹 アメリカ大衆音楽と「人種」の陰影 ソウル,カントリー,そしてフォークをめぐる歴史的素描の試みだ。アメリカ文化論には元々は興味があったので試しに読んでみたら、思ってた以上に面白かった。

アメリカでは、カントリーは白人のものブルースは黒人のもの、という考え方が未だに根深く残っているのはなぜかを歴史的に追った論文。本来はそんな簡単な分け方ができるものではなく、現場では交流もあったはずなのに、ある種の象徴として文化的に表象されていく複雑な歴史的な過程が描かれていて、とても面白く読める。

私はアメリカの音楽は、ラジオでならよく聞いているがそこまで詳しくはないが、興味深く読めた。あぁでも、ミンストレルショーの話とか、ディスコミュージックは堕落したソウルミュージックだとか、ラジオで聞いたことのある話もあったかな。ともかく、このレベルの読み物がネットですぐ読めるなんて、現代はすごい時代だなぁ〜と思う(ただし宝の持ち腐れ感もあるが)。


  1. google:黒田成幸 数学と生成文法でも指摘されているように、ミニマリストプログラムは数学基礎論とのアナロジーでも理解できる。ならば、数学と数学基礎論とが別々に研究可能なように、文法研究とミニマリストプログラムとを別々に研究できると考えても良さそうではある。ただし、ジャッケンドフのように併合(マージ)を強烈に批判する学者もいるので、ミニマリストプログラムを文法基礎論みたいに捉えてよいのかは議論の余地がある。