折り返しものさしによる分極化指数への批判は正しいのか?

以前にここで書いた記事「記事「ネットは社会を分断しない」を分析する」と似た内容を、さらなるデータと分析によって徹底的に論じた記事があったので、お勧めします

分断と分極化の違いをはっきりと書いてくれてない1などの欠点もあるが、私にも賛同できる点も多く、詳しくはリンク先の記事を読んでもらいたい。ただ一箇所だけ…あれ?とどうしても思う部分があったので、そこだけメモ的に指摘しておきます。

第五節「ミスリーディングな分極化指数」を分析する

それは、この記事の第五節の「ミスリーディングな分極化指数」なのだか、冒頭を長くなるがそのまま引用しよう。

最後に取りあげる問題点は、そもそも田中氏らの分析が、[3]ミスリーディングな「分断」度の測り方――分極化指数――に依拠していることだ。その測り方とは、次のようなものである。
まず、保守的だとプラス(+)に、リベラルだとマイナス(-)の値をとるような、政治意識の「ものさし」をつくる。さしあたって仮に、このものさしで測ると、きわめて保守的な人は+3、きわめてリベラルな人は-3になるとしよう。保守でもリベラルでもない穏健派は、真ん中の0である。
次に、このものさしで測った値を絶対値に変える。そうすると、-3(きわめてリベラル)も+3(きわめて保守的)も、同じく3になる。言ってみれば、ものさしの目盛りを中間の0で折り返して、マイナスの測定値をプラスに付け替えるようなものだ。

こうして田中氏らの分極化指数が折り返しものさしとして批判されることになる。

保守/リベラルのものさしの問題点

上の引用では、政治意識のものさしは作れるものと端的に前提されているが、復習も込みで私の批判は書いておく。

オリジナルの記事でははっきり質問を保守とリベラルに分けたとある。政治的なものさしを作る上では、私の前の批判記事でも指摘した保守とリベラルへの質問の恣意的な分類が問題になることには変わりがない。現在は政治的な左右観が混乱した時代なので、この分類は難しい問題のはずだ。

前に挙げた質問別分析が難しいなら、せめて因子分析で保守とリベラルの軸が出るかを調べて、もし軸が出たならその結果を使って分析するのか一番妥当な分析だと思う。ちなみに、私はそんな軸はうまく出ないと予想する。

絶対値を使った折り返しものさしは本当に信頼できないのか?

ここで本当に論じたいのは絶対値を使った折り返しものさしの方なので、ものさしの問題はこの程度で済ませます。別に左右が政治意識の唯一のものさしでもないので、適当に都合の良いものさしを持って来れば良いだけの話だ。

しかし、絶対値を用いた折り返しものさしに関するこの記事の議論は私にはどうもしっくりこないので、そもそもの批判対象の田中氏らによる元の分析との関連は抜きにして、折り返しものさしの部分を集中的に取り上げます。

折り返しものさしは分極化を測ってないのか?

これも記事から該当部分をまるまる引用します。参照されてる図については元の記事にあるので、それを見てください。

比較的わかりやすい例を、図bに示そう。100人の政治意識の分布が、ネットの利用によって、パターン(i)から(ii)に変化したとする。それぞれの分極化指数を計算すると、分布パターン(i)が1.18、(ii)が1.17になる。つまり、(i)から(ii)に変化することで、分極化指数は低下し、「穏健化」したことになってしまうのだ。
分布パターン(ii)は、明らかに(i)よりも保守に偏っている。確かに両極に分かれているわけではないが、少なくともこれを「穏健化」とみなすには無理があるだろう。また逆に、(ii)から(i)に変化した場合には指数値が上がるため、0の穏健層が増え、保守とリベラルが均等化しているにもかかわらず、「分極化」が進んだことになってしまう。このように、分極化指数は多分に誤った解釈を導きかねず、信頼性に乏しいのである。

ここで二つのグラフが参照されているが、どちらのグラフもいわゆる正規分布(二項分布)に近い山型の分布になっている。目立つ違いは、上のグラフ(i)は真ん中のゼロを中心に分布してるが、下のグラフ(ii)は中心が少し保守に寄って分布している。これを根拠に上の引用部分の指摘があるのだが、どうもここには分極化に対する誤解があると思われる。

どんな分布なら分極化してると言えるのか?

著者は山型分布の中心が保守にズレているのを分極化とみなしているが、これは間違っている。分極化とは、見解が両側に極端に分かれることを言う。山型分布の中心が移動しただけでは、両端の割合が増えたことにはならない。その場合は全体の見解が以前より偏った事にはなるが、その事態は穏当化とは確かに呼べないが、別に分極化とも呼べない。

分極化したとはっきりと言えるのは、分布が凹型に中心がへこんだ場合だ。分布による分極化具合を横に並べるとすると、一方が凸型(山型)になり、他方が凹型になる。すると真ん中が意見が均等に分かれた平たい分布になる。この横の直線の中を、凸型から出発して平たい分布を経て凹型へと向かう分極化が激しくなる道をたどるとする(凸→口→凹)。

分布が山型(凸型)から平ら型への道をたどるのは、平ら型から凹型へ向かう道と同じで、分極化が強くなる傾向を辿っている。では、分布が山型と平ら型の途中はどうなっているだろう。想像してもられば分かるが、山型と平ら型の中間点では山型の中心(最頻値)が低くなってるはずだ。つまり、同じ山型分布なら中心が低い方が分極化は高いことになる

分布パターンと折り返しものさしの指数を比較する

ここで元記事にある二つの分布に戻ろう。まず、山型の中心がずれたことは分極化とは関係がない。そこで次は山型分布の中心の高さを見ると、上の分布(i)の中心26より、下の分布(ii)の中心30の方が大きく、山が高い。既に見たように山が高い方が(見解が集まってる分だけ)分極化はむしろ低い

それぞれの分極化指数を計算すると、分布パターン(i)が1.18、(ii)が1.17になる。

この分極化指数(折り返しものさしによる指数)でも、分布(i)の1.18より分布(ii)の1.17が数値が少しだけ低いので、分布(ii)の方が分極化が低いと出ている。少なくともこの例では、分布パターンによる分極化評価と折り返しものさしの指数による分極化評価はほぼ一致している。

ここではっきりと言えるのは、記事の著者による分布パターンからの分極化具合の推測が間違っているのであり、折り返しものさしによる指数が分極化を反映してないという結論には大きな疑問があるということだ。

ただし、折り返しものさしによる指数がどのくらい分極化を正しく表しているかどうかは、きちんとした数理的な分析が必要なので、ここでは結論は出しません。2


  1. 正確には書いてなくもないが、文章の中に埋め込まれてるので読解力がないと気づけない。分断と分極化の違いはこの記事にとって重要な部分なので、始めにその定義をきちんと書いておくべきだった。

  2. 記事の説明から推測すると、極端な保守とリベラルとに半々に真っ二つに分かれている場合と、極端な保守(またはリベラル)の一方に全てが集まっている場合では、絶対値の平均値が同じになるが、前者は分極化してるが後者はしてない。まぁ、後者の場合はそもそもものさしに問題があるような気もする。もし分極化だけを純粋に測りたいなら、単に真ん中の項目で折らずに、中央値で折れるように数値を変換する方がマシかもしれない。