書評 ブリタニー・カイザー「告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル」

告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)

あのケンブリッジアナリティカで働いていた女性がその経験を描いた驚くべきノンフィクション

ブレグジットやトランプ当選に貢献した企業ケンブリッジアナリティカに、まさにその期間に働いていた若き女性がそこでの経験を描いたノンフィクション。

高い理念を持って入社した彼女が、自らの価値観とは異なる人々を支援する活動に巻き込まれ、そこから脱するまでがイキイキと描かれている。フィクションを読むようにスラスラと読めるが、これが事実であるのが驚きだ。ポストトゥルースやデータ産業に興味のある人はもちろん、単に面白い経験談を読みたい目的だけでもお勧めできる。

どんな内容?

イギリスのEU離脱やトランプの大統領当選に、とんでもない手法を使って貢献した企業…として有名になったケンブリッジアナリティカ。その手法を伺わせるところが、読み始めて間もなくのところであらわれる。

アレクサンダーは肩をすくめ、次のスライドをクリックしながら言った。
「コミュニケーションの究極の目的は、相手の行動を実際に変えることなのだから」
次のスライドには「行動させるコミュニケーション」とある。左右にふたつのビーチの画像があり、左側の画像には「パブリックビーチはここまで」と書かれた四角い白い看板が立っている。右側の画像には、鉄道の踏切に見られるようなあざやかな黄色い三角形の標識が立っている。そこに書かれているのは「注意!サメの目撃情報あり」。
はたしてどちらが効果的だろうか?滑稽なほどの違いがあった。
第二章 最初の一歩 より

ここは著者が入社前に聞いた説明だが、さらにもう少し後で出てくるコーラを売る戦略の説明と共に、ケンブリッジアナリティカをやり方を象徴的に示した箇所である。そこからうかがえるのは、行動を起こせるならどんな手法でも用いるのであり、データはそのために使われるのだ。

著者のケンブリッジアナリティカでの経験は、ダボス会議に行き・バノンに会い・いつの間にかトランプを援助する羽目になったりと、純粋に作品として読み応えがある。リベラルな彼女がどんどんそれに反する活動に巻き込まれていく過程は、よくできたフィクションを読んでるかのように引き込まれるが、これが事実に基づいているのはまさに驚きだ。

注意すべき点はある?

著者の経験はフィクションを読むかのように面白く読めてしまう。だが、中には意外な部分もある。彼女はどちらかというとケンブリッジアナリティカの営業担当だったので、技術的な面の記述にはあまり期待できない。数少ないある説明部分では、私には???だった。

実際に著者は、大統領選で用いられたマイクロマーケティング的な手法には、それに関わっていた最中には気づかずに、後から(営業向け説明会で)説明を受けて衝撃を受けている。著者はそれなりの重役な感じに見えたので意外。よって、ケンブリッジアナリティカの用いた手法については、著者が受けた説明が中心で彼女自身からは大した説明を期待できない。なので内情暴露としては核心に少し欠けるが、それでもそのポストトゥルースな説明は十分に衝撃的だ。

翻訳のタイトルのつけ方はどう考えても失敗。原題は「Targeted」で内容的にも関連深いターゲット広告を思わせるが、実際の告発者は別にいるのに「告発」の題名は誤解しか招かない(しかも告発者のクリストファー・ワイリーも別に本を書いてる)。内容の中心はケンブリッジアナリティカなのに、それがタイトルから分からないのは不親切でしかない。結果として、本当にこの本に興味を持っている人に届きにくくなっているのは、単にもったいない。

ケンブリッジアナリティカに興味のある人は当然ながら、単純に面白い作品を読みたい人にもお勧め。このタイプのノンフィクションを読み慣れてない私でも夢中で読めたので、堂々とお墨付きを与えられる。

軽い注釈

本当の告発者クリストファー・ワイリーの本(現時点で未邦訳)は、以下のリンク先での紹介を参照。

カイザーがデータのプライバシーを重視してるのに対して、ワイリーはマイクロマーケティング的な手法を問題視している。これはカイザーが営業担当、ワイリーが技術担当、というケンブリッジアナリティカでの役割を反映していると思われる。なので、できれば視点の違う両方を読む方がベストそうだ。

それから前から疑問に思っていた、馬鹿な差別主義者とも傲慢な新反動主義者ともどこか違う気がするバノンが何者なのか?は、この本を読んでも未だにあまり分からない。バノンの目的は人々の分断を深めることっぽいが、その動機がいまいち読めない(レーニン主義とかは言われるが)。

加速主義は資本主義の加速が元々の含意なので、バノンをそれと同じとするのも少しためらわれる。ただし、ニック・ランドには人工知能研究を加速させよ!と言ってる論考もあるので、私にも加速主義は把握しきれない(おそらく終末論の一種[終末を早めよ!]が穏当な理解か?)。

おまけの下らない独り言

ケンブリッジアナリティカについては元からそれなりに色々知ってはいた。だが、こうしてあらためて読んでみると、なかなかに発見もあっても面白かった。

やはり、認知科学に慣れた自分とは思考法が違うのがよく分かる。認知科学でもノーマンやサンスティーンのように人の行動をポジティブに変える方法を示してくれた学者は知っていた。だがそれに比べると、ここまで臆面もなく人の感情に訴えて行動を変える手法は衝撃的ではある。

性格のビックファイブモデルは学生時代に知っていた。既に認知科学好きだった私は、そんなのは誰かが適当に答えたアンケート調査の結果を統計的にグチャグチャに分析しただけでしかなくて、実験のような実体のある研究成果とは所詮は違う…と軽く馬鹿にしていた。しかし、その馬鹿にしてたビックファイブモデルをケンブリッジアナリティカが効果的に使ったのは、また別の意味でショックである。