最近見た社会心理学者キース・ペインのTED講演が良かった

私は英語のリスニングは苦手なので、TEDの日本語字幕の動画は確認してたまに見てる。日本にはTED講演に文句を言う人もたまにいるが、このレベルの科学的な内容をコンパクトにまとめた動画は日本にはほとんどない。

最近見た社会心理学者キース・ペイによる政治的話題についての科学的成果に基づく講演が面白かった。

正直、私にとってはそれほど目新しい内容はないのだが、重要な点がコンパクトにまとまって話されているのには感心した。素直にお勧めします。

TED講演で言及されている科学的成果への補足

以下は、動画で言及されている科学的成果に私なりの補足をしてみます。まだ見てない人はとりあえず見てください。

俺は世の中の奴らよりも運転は上手いんだぜ!

まず始めは、平均以上効果とでも呼ぶべきものだ。この節のタイトルは、動画で触れられている調査(おそらく病院)で聞かれたであろうセリフを勝手に考えてつけてみた。

動画で言われているのは、多くの人が自分の能力を平均よりも上であると答えるとする科学的な成果だ。もちろん平均の定義上、必ず半数は平均以下なので明らかにおかしい。これはそれなりに知られている認知バイアスなので、前にも引用した認知バイアス用語集から該当部分と思われる部分を翻訳してみた。

Overconfidence effect: the tendency to over-estimate one’s abilities (relative to others) and the accuracy of one’s beliefs (Moore and Healy, 2008).
google:J.E. (Hans) Korteling Cognitive biases the Encyclopedia of Behavioral NeuroscienceのGlossaryより
自信過剰効果:(他人と比べての)自分の能力や自分の信念の正確さを過剰に評価する傾向

文化差がどの程度にありえるか?分からないところもあるが、それでも広く見られる認知バイアスなのは確かだ。日本でもネットを見てると、このタイプの自己中心的なバイアスのかかった発言はよく見かけるのでは?

俺が成功したのは有能だから、失敗した奴らはみんな無能!

上のこの節のタイトルは、講演中で紹介された成果を雑に台詞化したものだが、詳しくは講演動画を見て確認してください。ここでは、この紹介された成果の背景となる社会心理学の研究領域である帰属研究を説明します。

例えば、目の前で地面の出っ張りで転んだ人を見たとする。その時に、地面の出っ張りに気づかないなんて不注意な奴だな!と思うか、あんな所に出っ張りがあるなんて運が悪いな!と思うかで、転んだ原因の帰属の仕方が異なる。このように、人がどのように物事の原因を帰するのかを調べるのが帰属研究と呼ばれる。

原因を帰する二つの仕方

人の行動や出来事が起こる原因の帰属は大きく二つに分けられる。節のタイトルのように有能だから無能だからといった対象となる人の内側に原因を求める場合は内的帰属と呼ばれる。対して、出来事の原因を運が悪い上司が悪い社会が悪いといった外部に求める場合は外的帰属と呼ばれる。

社会心理学の研究では、自分の行動と他人の行動では同じような行動でも原因の帰属の仕方が異なる傾向があると分かっている。講演で出てきた例は、自分が成功した場合は自分のおかげ(内的帰属)とし、自分が失敗した場合は環境が悪い(外的帰属)とする一般的に見られる傾向の一例となっている。

経済的な成功者が他人を無能呼ばわりしたり社会では公正な競争が行われていると主張するのは、その人の能力や性格の問題というよりも、誰であれ成功者になればそう主張する心理的な傾向があるからに過ぎない。

こんな社会は不公正だ!と主張する意見の違う今は落伍者も、もし成功を掴めばそっち(俺が有能)に意見をひるがえす可能性はかなり高い。実際に、ランダムに任意の人を条件に割り振る実験をした結果を考慮するとそう考えざるを得ない1

なぜそんな偏った原因の帰属をするの?

そもそも、人にはなぜこのように原因の帰属を様々にする傾向があるのだろうか?それを説明する理由としてself-serving bias(Self-serving attributions)が提唱されている。とりあえず定義だけを翻訳します。

Self-serving attributions are attributions that help us meet our desires to see ourselves positively
google:Charles Stangor Social Psychology Principles v. 1.0p.334より
Self-serving attributionsとは、自らを肯定的に見たいとする欲求を満たすように助けてくれる帰属である

A self-serving bias is any cognitive or perceptual process that is distorted by the need to maintain and enhance self-esteem.
google:Donelson R. Forsyth Self-Serving Biasより
self-serving biasとは、自己評価を維持したり高めたりするために、歪められた認知的および知覚的な過程のことである

辞書的には、Self-servingは「自己の利益に奉仕する」の意味なのだけど、用語として翻訳するのは案外難しい。私自身はできるだけ意味が分かるような翻訳をしたいのだけれど、これは直訳も意訳も難しいので、原語のままにしておきます。

私たちは誰しも、放っておくと自らに都合の良い考え方をしがちだ。(事実はどうであれ)成功は自分のお陰・失敗は他人のせい…とする傾向は誰にでもあるのだ。そして、それはあなたの心理的な健康を保つためにあるのだ2


  1. ただし、この傾向にも文化差があるという指摘はある。だとしても、そのような謙虚の文化(自分なんて大した事ありません)は日本から失われつつあるのでは?という懸念も拭えない。だとしたら、そうなる条件が今の日本にはあるのかもしれない。文化を行動の理由にするのでなく、そもそもそのような文化が生じた理由を問うべきだ。

  2. そう考えると、他人をバイアスがあると責めるのは、バイアスが知られるようになった時代の新しいバイアス(自分のバイアスは見えない)かもしれない。