人間の言語とその進化について

人間だけが言語をもっていることの不思議 http://www.blwisdom.com/fseen/05/
岡ノ谷一夫さんの鳥の歌の文法についての研究はテレビ(確か放送大学)で見たことがあったので知っていた(で、興味深い研究だと思った)。でも、ネット上にこんなにいい研究紹介があることにはやっと気がついた。
人間の言語の文法についてはちょっとまえにあるブログ(http://d.hatena.ne.jp/tokyocat/20070616)でコメントしたことがある。そのとき、そこの紹介記事では岡ノ谷さんが(少なくとも主流の)進化心理学を批判して、自分の説は違うと言っていたという記述をうまく理解できなかった。しかし、この今回見つけたリンク先の記事でその疑問は解消された。
現在の進化心理学では、人間の言語は自然淘汰による適応の結果として現われたとする説が主流だ。しかし、岡ノ谷さんの説は異なる。(多少私の推測を交えて説明すると)文法や意味や発声などのそれぞれの言語能力の基になった能力群は自然淘汰によって進化したが、なんだか分からないけど進化の過程で、別々だった文法や意味などの能力群が創発的に一緒になって言語が生まれたとしている*1。はっきり言って、これ(前適応からの創発)は進化心理学の主流からはけっこう外れている。
社会生物学化した)進化心理学では自然淘汰による適応説を基礎としたネオ・ダーウィズムによって進化を説明することが主流だ。実は私は以前からその状態に不満を感じていた。ネオ・ダーウィズムによる適応説だけでは説明する力がまだ弱いのではないか。ネオ・ダーウィズムを否定しはしないけれど、もうちょっといろいろな考え方を考慮に入れてもいいのではないかと思っていた。岡ノ谷さんの説は、そうした私の不満に見事に応えてくれている。
おそらく私の考えはネオ・ダーウィズムを修正することなのだと思う。ネオ・ダーウィズムを否定するのはまずい、こんなに説明力の高い説を捨てられるわけがない。だいたい主流の説への批判はそれ自体が自己目的化していて下らないことが多い(日本では本当にそういうのをよく見かける)。しかし、主流の説に問題がないわけじゃないし、それに対抗する試みはもっとあってもいい。例えば、私が以前書いた記事「クジラやイルカの進化」は、ネオ・ダーウィズムに地質学的な気象変化や生態学的な棲み分け説を付け加える試みだ。
もう既に進化論の是非を問う段階ではない(対外的にはしょうがないにしても)。本当に知りたいのは「どのように進化が生じたか」だ。ネオ・ダーウィズムはそれを知るためのまだ入り口に過ぎないと私は思っている。

  • 追記(2007/07/24)

[評]『シマウマの縞 蝶の模様:エボデボ革命が解き明かす生物デザインの起源』 http://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20070718/1184705246
『シマウマの縞蝶の模様』の新聞書評http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20070514bk06.htm
うぉぉ、生物学はこんなところまで来ていたのか。ホメオボックスぐらいなら辛うじて知っていたけれど、ここまで話が拡大していたとは知らなかった。遺伝子スイッチ説を使えば、岡ノ谷さんの説も十分に扱える。つまり、鳥の歌の文法の遺伝子がスイッチで蘇ったのだと…。まぁ、本当は形態レベルと違って行動レベルのことはまだよく分かっていないのだけれど、今までだって行動レベルにネオ・ダーウィズムを普通に当てはめていたのだから、別に推測するぐらいは許されるだろう。
そういえば、以前紹介した「ブランバーグ「本能はどこまで本能か」の記事」で紹介されていたメチル化だの表現型可塑性なども進化発生生物学の領内だったようだ。そういえば、進化発生生物学は英語でevolutionary developmental biologyと書く。developmentは発生や発達と訳されるし、発達研究への寄与も期待できるかもしれない。ただ、同じくdevelopmentでも発生環境と発達環境とではその環境の安定性があまりに違いすぎて同じ水準で扱えるかはまだあやしい気もする(直感的にも遺伝的可塑性と神経的可塑性が同じわけがない、関連は認めるにしてもだ)。
しかし、説明の幅が広がったことは喜ばしいことだ。これで堂々と(?)進化上での複数の遺伝子スイッチからの創発説も採れるようになるだろう。そして、(その中途半端な高次さは進化上で生じた証拠だとしても)既存の適応説からすると無駄に高次としか思えない、人間の高次機能もこれでうまく説明可能になるかもしれない。

*1:ただしよく考えてみると、本当にこの説による言語の発生に自然淘汰が必要ないかはちょっとあやしい気もするが…。私の考えでは、この説にトリヴァース流の互恵的相互扶助を付け加えると説明力が上がると思う。他にもいろいろな説を付け加えるのは読者が勝手にやって考えてくれ