書評

書評 サイモン・バロン=コーエン「ザ・パターン・シーカー」

「ザ・パターン・シーカー:自閉症がいかに人類の発明を促したか」 著名な自閉症の研究者が、共感と対照をなすシステム化の視点から人の心について論じた著作。ただし、内容が著者の専門に近い章は良質だが、心の進化にまで手を広げて大風呂敷を広げた章は無…

書評 ファニーハフ「おしゃべりな脳の研究」

「おしゃべりな脳の研究――内言・聴声・対話的思考」 人の内なる声について、科学的成果を交えながら、それを研究する心理学者が分かりやすく伝えてくれる著作 内言や聴声について、専門に研究してる心理学者が、科学的な成果や様々な文献を参照ながら、一般…

カーネマン他「NOISE」上・下のレビューと感想

「NOISE 上: 組織はなぜ判断を誤るのか?」 「NOISE 下: 組織はなぜ判断を誤るのか?」 行動経済学の代表的な学者たちが、人の判断を統計的なノイズの視点から論じた一般向けの著作。文章は読みやすいが、内容は独特な分だけ少しとっつきにくい。ちょっとでも…

書評 クライヴ・ウィン「イヌは愛である」

「イヌは愛である 「最良の友」の科学」 犬の心について人との接触で育まれる愛情の視点から様々な科学的な研究から論じた著作、興味深い部分はあるが全体としてのまとまりは悪め 犬は人との触れ合いによって愛情を育んで社会的能力を発揮することを、様々な…

書評 グレゴリー・バーンズ「イヌは何を考えているか」

「イヌは何を考えているか 脳科学が明らかにする動物の気持ち」 動物の神経科学について著者自身の研究エピソードを混じえながら語る科学エッセイ 動物の脳を研究する著者が、自身の研究の具体的なエピソードを混じえながら、動物の心について科学的に語る著…

書評 ケイレブ・エヴェレット「数の発明」

「数の発明――私たちは数をつくり、数につくられた」 人の数的な認識を、(特に認知科学的な成果を中心に)様々な学問的な成果を紹介しながら考察していく、一般向けの読みやすい科学書。父親がピダハン論争で有名なダニエル・エヴェレットである、その息子ケイ…

書評「この本を盗む者は」

当初はアマゾン向けのレビューとして書いたが、長い上に内容がこれなのでこっちに掲載に変更 「この本を盗む者は」 深緑野分のアイデアは素晴らしいけれど、それが小説としては十分に活かされていない勿体無い作品 「ベルリンは晴れているか」で一般に広く知…

書評 ブリタニー・カイザー「告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル」

「告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル (ハーパーコリンズ・ノンフィクション)」 あのケンブリッジアナリティカで働いていた女性がその経験を描いた驚くべきノンフィクション ブレグジットやトランプ当選に貢献した企業ケンブリッジアナリティ…

書評 ダグラス・マレー「西洋の自死 移民・アイデンティティ・イスラム」

書評 ダグラス・マレー「西洋の自死 移民・アイデンティティ・イスラム」 「西洋の自死: 移民・アイデンティティ・イスラム」 リベラルぶりっ子なエリートによる安易な移民政策がいかにヨーロッパの文化と社会を壊したのかを描いた大作 ヨーロッパの移民大量…

書評 O.A.ハサウェイ&S.J.シャピーロ「逆転の大戦争史」

「逆転の大戦争史」 法学者が戦争の違法性を巡る歴史を描いた読みやすい一般書 本書は原題は「国際主義者たち」で副題は「いかにして法外な戦争へのラディカルな計画が世界を形成したのか」だ。国際主義とは力の均衡を謳うリアリズムと対になる交際関係論の…

クリス・フリス「心をつくる」

「心をつくる―脳が生みだす心の世界」 脳イメージ研究の大御所が一〇年以上前に予測脳について書いていた先駆的な心の科学入門の書 近年、心の科学(認知科学)界隈で予測脳(予測的符号化)がよく話題になっているのだが、その関連でこの本の原著の存在を知った…

松原望「ベイズ統計」

「ベイズ統計学 (やさしく知りたい先端科学シリーズ1)」 統計学入門でも人工知能入門でもある、数式よりも考え方を重視したベイズ統計の入門書 数式が少ない考え方を伝えることに重点をおいたベイズ統計学の入門書。これまでのベイズ統計入門によくあった数…

既に今年の日本のミステリーのベストかも、太田愛「天上の葦」

最近は日本のミステリーを読むことが多く、特に21世紀に入ってからの日本のミステリーは海外ミステリーと比較しても日本の他ジャンルと比較しても、そのレベルの高さに驚かされている。そのうち、21世紀の日本のミステリーのお気に入りリストでも作ろう…

近年の一般向け人工知能論はこれ一冊で十分、ジェリー・カプラン「人間さまお断り」

「人間さまお断り 人工知能時代の経済と労働の手引き」 既存の人工知能脅威論とは一線を画する社会の中に浸透する人工知能について論じた傑作 近年になって英語圏で人工知能脅威論が流行りだしたのを知ったの一応それなりに早かったのだが、現実の人工知能が…

リチャード・スティーヴンス「悪癖の科学」

「悪癖の科学--その隠れた効用をめぐる実験」 イグ・ノーベル賞を受賞した心理学者が科学的心理学の面白研究を面白おかしく書いた一般書 この前の記事で心理学研究(特に実験)の持つ問題を取り上げたが、その時コメント欄で過去に私が見かけた奇妙な心理学研…

Michael Loux"Metaphysics:A Contemporary Introduction"(&おまけのひとりごと)

「Metaphysics: A Contemporary Introduction (Routledge Contemporary Introductions to Philosophy)」 その分野の第一人者がカテゴリー論の視点から分析的形而上学を概観した優れた教科書 世界の根本の構造を問う哲学としての形而上学における(分析的な)議…

最近までの道徳についての哲学的・科学的な議論をまとめた最良の一般書「太った男を殺しますか?」

「太った男を殺しますか? (atプラス叢書11)」は、有名になったサンデルの授業でも取り上げられていたトロリー問題(トロッコ問題)を主題にしながら、最近までの道徳に関する学問的議論(哲学や科学)をまとめた一般向けの著作としてよく出来ている。近年の道徳…

社会的認知についての一般書「心の中のブラインドスポット」の紹介

社会的認知とは、社会心理学に認知心理学的な考え方を適用した研究領域であり、色々と面白い研究成果もあるのだが、残念ながら日本ではあまり知られていない。そのことについては以前から懸念を抱いていたのだが、社会的認知についての一般書「心の中のブラ…

スザンヌ・コーキン「ぼくは物覚えが悪い」(修正前のくどい書評とおまけの追記)

「ぼくは物覚えが悪い:健忘症患者H・Mの生涯」 世界一有名な健忘症患者H.Mについて、当の研究者がその人柄を交えながらその研究成果を紹介していく記憶の科学書の傑作 ロボトミー手術によって新しいことを一切覚えられなくなってしまったH.M(ヘンリー)をめぐ…

アルチュセール「哲学・政治著作集 二」

「哲学・政治著作集〈2〉」 特異なマキャベリ論だけは一読の価値ありだが、それ以外は単なる資料で面白くはない フランスの思想家アルチュセールが残したテキストを編集した著作集の第二巻。哲学篇であった第一巻では晩年の唯物論の地下水脈論が目玉だったが…

アロウェイ夫妻「脳のワーキングメモリを鍛える!」(未削除版レビュー)

「脳のワーキングメモリを鍛える! 情報を選ぶ・つなぐ・活用する」 ワーキングメモリとは何かを前もって知ってさえいればとても有用な実用的な科学的心理学の書 ワーキングメモリに関連した研究を紹介しながら、ワーキングメモリを生活の中でいかに有効に活…

ダニ・ロドニック「グローバリゼーション・パラドクス」

「グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道」 グローバリゼーションの歴史を探って未来の国際経済のあり方を提示する興味深い著作 国際経済学者が過去の国際経済の歴史を分析する事で未来の世界経済のあり方を考えていく経済書。…

ゴードン・シェファード「美味しさの脳科学」への未削除版レビュー

「美味しさの脳科学:においが味わいを決めている」 嗅覚が専門の神経科学者が食べ物の風味を生み出す科学的基盤を解明する良質な科学書 嗅覚を専門とする神経科学者が食べ物の味わい(風味)を科学的に探求している一般向け科学書。前半は著者の専門である嗅覚…

橋爪大三郎「国家緊急権」

「国家緊急権 (NHKブックス)」 一般には馴染みの薄い国家緊急権について分かりやすく論じられた希少な傑作 国家に緊急事態が生じた時にそれに対処するために、政府が一時的に憲法や法律を無視してでも迅速な行動がとれるようにするために必要とされる、国家…

ロールズ政治哲学史講義

「ロールズ 政治哲学史講義 I」 要所を押さえた近代政治哲学史の概論的な講義としては他の追随を許さない程の大傑作 1970年代から80年代にかけてロールズが行なった政治哲学の講義録を編集した著作。既に出版されているロールズの(道徳)哲学史講義と対にな…

キムリッカ「新版 現代政治理論」

「新版 現代政治理論」 ロールズ以降の現代政治哲学の流れをうまく議論としてまとめている良質な概論書 原題に「現代政治哲学 入門」とある通り、ロールズ以降の政治哲学での重要な議論を分かりやすく解説したよく出来た概論書。功利主義・リベラルな平等主…

イグナティエフ「ニーズ・オブ・ストレンジャーズ」

「ニーズ・オブ・ストレンジャーズ」 政治思想的な背景は一読では分かりにくいが、思想史のエッセイとしては今でも面白い 政治思想家として著名なイグナティエフが、人々の要求(ニーズ)が西洋の歴史上でどのように表現されてきたかを思想史的に探った作品…

アセモグル&ロビンソン「国家はなぜ衰退するのか」(上/下)は傑作だってば

「国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源」 「国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源」 国家繁栄の原因を歴史的分析によって政治や経済の制度のあり方に求めた労作 世界に豊かな国と貧しい国がある理由を政治と経済の制度のあり方…

中畑正志「魂の変容」の論文を批判的に検討してみる(修正版)

「魂の変容――心的基礎概念の歴史的構成」 出来にムラはあるが、現代哲学と古代中世の哲学史を結び付けた試みとしては興味深い 古代中世の哲学史を英語圏の現代哲学と関連付けながら論じた試みとして興味深い論文集。どの論文も最終的には著者の専門であるア…

大賀祐樹「リチャード・ローティ」

「リチャード・ローティ―1931-2007 リベラル・アイロニストの思想」 ローティの著作をあまり消化できていない、大して分かりやすくもないレジメみたいな本 ローティ思想の入門書として書かれた本であるが、著者のローティ理解が未熟なせいでさっぱり分かり易…