どこで哲学者チャーマーズは日和ったのか?

ここ最近、私はクオリアや強い人工知能についての未だによくある誤解を扱ったブログ記事を書く予定だった。しかし、次にリンクした哲学者チャーマーズが参加したトークセッションについての記事を読んで書く気を失ってしまった。 AIはいずれ“哲学的ゾンビ”で…

主観的な基準でのキャンセルに意義はあるのか?

この前、あるトランスジェンダー本の翻訳書の出版停止をめぐって旧ツイッター上で論争が行われてきたのを見た。そのときに、日本でリベラルとされる有名な論者が、幾人も出版停止を支持するキャンセル運動に賛同してるのを見て暗い気持ちになった。 やはり、…

日本には保守主義もリベラルもネオリベもろくに存在しない

日本の政治的な状況を語る上で、学術的な用語が使われることは多い。しかし、こうした言葉は元々は欧米から輸入された用語であるが、元の意味とは違って使われたり、日本の事情には合ってなかったりすることはよく見られる。 保守主義やリベラリズムや新自由…

人の振る舞いのルールは変わるのか?を哲学的に考える

最近インターネットである記事を読んでいたときに、クリプキの「ウィトゲンシュタインのパラドックス」における議論が、ルールの改定を含意してるかのような言い方をしているのが目についた。これは端的に間違っているので困ったなと思ったが、この話は前々…

セラーズ右派と左派への分岐をその起源に遡ってみる

最近読んだ、川瀬和也「言説的実践とヘーゲル的相互承認」という論文が面白かった1。 この論文の中で、セラーズ左派とセラーズ右派の話題が出てきて、気になったところがあったので、参照文献からその元となる論文 James R. O’Shea"Introduction : Origins a…

人の心の普遍性という原理を超える認知科学の方向性を考える(追記つき)

近年の心理学では、実験結果が再現されない再現性問題が論じられようになってすでに長い。再現性問題にはいくつかの原因があるが、その一つにWEIRD問題がある。WEIRDとは、西洋の,教育を受けた,工業化された,豊かな,民主主義社会の…の頭文字を取ったもの…

日本に増えた「頼まれもしないのに権力の犬」を考える

最近ある有名な批評家が、マイナンバー制度に反対する奴は左翼だ!的な発言をしていることに驚いた。マイナンバー制度に反対してる奴がみんな左翼だとなんで分かるのか?謎でしかない。お前は全ての反対者の属性が読める超能力者なの?と疑問しかない。 政府…

ChatGPTをめぐる議論を少し考えてみた

最近ChatGPTが大きな話題だが、私もその成果は驚きを持って見ている。ただその一方で、ツイッターを見ていると、ただのユーザーの感想でしかないことが大層な意見みたいに言われているのを見るのにはウンザリしている。私もChatGPTについてそこまで詳しく訳…

話題のひろゆき論への違和感を綴ってみた

少し前から、著名な社会学者の書いた「ひろゆき論」が話題になっていたのは知っていて、気にはなっていた。それが最近になってネットで公開されたので読んでみた。面白く読みはしたのだが、私には重要なところで違和感を感じて気になったので、それをここに…

書評 サイモン・バロン=コーエン「ザ・パターン・シーカー」

「ザ・パターン・シーカー:自閉症がいかに人類の発明を促したか」 著名な自閉症の研究者が、共感と対照をなすシステム化の視点から人の心について論じた著作。ただし、内容が著者の専門に近い章は良質だが、心の進化にまで手を広げて大風呂敷を広げた章は無…

ベイズ脳は認知バイアスを説明できるのか?

認知科学でもここずっと話題となり続けている自由エネルギー原理(予測処理)1は、自らを脳や心のための統一理論であると称している。これまでの理論と比べての扱える適用範囲の広さを考えると、こういう主張をしたくなる気持ちも分からなくもない。 統一理論…

ディスクレシア(読み書き障害)から考える人類進化の謎

しばらくここに記事をあげてないが、ブログに書きたいことはなくもなかった。 例えばハイエクとニューラルネットワークの記事を書くつもりで、めぼしい論文からの引用まではした。感覚秩序の話だけ書いても物足りないのでその先も書こうと計画だけはしたが、…

書評 ファニーハフ「おしゃべりな脳の研究」

「おしゃべりな脳の研究――内言・聴声・対話的思考」 人の内なる声について、科学的成果を交えながら、それを研究する心理学者が分かりやすく伝えてくれる著作 内言や聴声について、専門に研究してる心理学者が、科学的な成果や様々な文献を参照ながら、一般…

自由エネルギー原理の予測処理的な大枠を自分なりに理解してみる

自由エネルギー原理については、このブログでは既に何度か批判的な議論を紹介している。フリストンブランケットやメカニズムとの関係についてはすでに記事をあげたが、私自身の自由エネルギー原理への印象は相変わらず良くならない。他に気にしてる話題がな…

人工知能は知覚の逆問題を解いたのか?

正直なところ、今の人工知能なんて驚異的な統計装置かもしれないけど所詮は生きた心とは似ていない…と最近は高をくくっていた。でも、次の記事を読んだときはマジかもしれないと思い始めた NeRFの仕組みがどんなものかいまいち分からないのでまだ評価しがた…

自由エネルギー原理とラカン理論を(マルクスを介して)比較する

そのうち自由エネルギー原理(または予測処理理論)について自分で説明したいとは思っていた。前々から、自由エネルギー原理とラカンの三界論(象徴界・想像界・現実界)には共通点があることには気づいていたので、それをテコにして説明しようと色々と調べては…

認知科学における計算主義を方法論的な視点から擁護してみる

自分は二十数年前の学生時代に(科学としての)認知科学に魅了されて今に至るのだが、その中で認知科学への無理解な批判には何度も会っている。認知科学を一時の流行とか過去の遺物とか言ってた奴らは、欧米の事情を知らないただの無知なので付き合うだけ時間…

乾敏郎さんがゲストのポッドキャストをお薦めします

自分は普段からポッドキャストで情報収集をしている。今回は、その中からこのブログで是非お薦めしたいポッドキャストを紹介します 紹介するポッドキャストは、乾敏郎による自由エネルギー原理入門みたいな内容です。一般向けの内容で、無意識的推論・トップ…

カーネマン他「NOISE」上・下のレビューと感想

「NOISE 上: 組織はなぜ判断を誤るのか?」 「NOISE 下: 組織はなぜ判断を誤るのか?」 行動経済学の代表的な学者たちが、人の判断を統計的なノイズの視点から論じた一般向けの著作。文章は読みやすいが、内容は独特な分だけ少しとっつきにくい。ちょっとでも…

生命と心の連続性を論ずる難しさについて論じてみる

最近、たまたま生命(life)と心の(mind)の連続性についての論文を読んだのだけれど、どちらにも多かれ少なかれガッカリした。生命と心の連続性というとエヴァン・トンプソンの著作が知られているが、どちらの論文にも、トンプソンの著作からの共通の議論みた…

ネットですぐ手に入る論文(エッセイ)をお薦めする(2021冬)

現在、ここに書きたい記事のアイデアはいくつかあるのだが、それをどう書けばいいのか?当分はまとまりそうにない。そこで今回は、比較的に最近よんだ、ネットですぐに手に入るお薦め論文(もちろん無料)を紹介してみます これから紹介するのは、どれも論文と…

最近の日本での話題を明瞭な議論に落とし込んでみる

日本にいると、右を見ても左を見てもどこを見ても議論が不明瞭なことにうんざりしてくる 議論ばかりしてても駄目だ!的なことを言う人をたまに見かけるけど、単なる言い合いを超える真っ当な議論がされてるのを、日本で聞くことなんて滅多にない。最近の論破…

予測処理(予測符号化)の源を引用から探る

今の認知科学で大いに話題となっている予測処理およびその元である予測符号化には、歴史的に見ると何人もの先駆者がいることはよく指摘される。彼らは皆、知覚とは単に外界から感覚を受けとるだけではないことを強調する点で共通している 多くの研究者が予測…

自由エネルギー原理にとりあえずの見切りをつけるために考えてみた

自由エネルギー原理には前々からしっくり来るところがなかった。私自身は予測符号化について勉強することから始めたので、自由エネルギー原理には後から接したことになる。自分は予測符号化には好意的だ。 しかし、自由エネルギー原理の源には予測符号化があ…

今、ポーランドの認知科学の哲学が熱い!

今、ポーランドの認知科学の哲学が熱い! 今の時代、様々な論文がプレプリントやオープンアクセスの形でインターネットで公開されている。認知科学関連の論文もネットで検索すると、英語で書かれた最新の論文がしょっちゅう見つかるので手に入れて読むことが…

書評 クライヴ・ウィン「イヌは愛である」

「イヌは愛である 「最良の友」の科学」 犬の心について人との接触で育まれる愛情の視点から様々な科学的な研究から論じた著作、興味深い部分はあるが全体としてのまとまりは悪め 犬は人との触れ合いによって愛情を育んで社会的能力を発揮することを、様々な…

書評 グレゴリー・バーンズ「イヌは何を考えているか」

「イヌは何を考えているか 脳科学が明らかにする動物の気持ち」 動物の神経科学について著者自身の研究エピソードを混じえながら語る科学エッセイ 動物の脳を研究する著者が、自身の研究の具体的なエピソードを混じえながら、動物の心について科学的に語る著…

正統派の進化心理学を知れる最近でた日本語の論文をお薦めする

私にとって進化心理学とは〜1990年代に勃興し、2000年代に広く流行り、2010年代になると批判が出てきて分野として落ち着く〜という経過をたどった学問分野で、今でも興味はなくはないか今さら論争するほどではない…と思っている。だが、これは欧米での事情で…

書評 ケイレブ・エヴェレット「数の発明」

「数の発明――私たちは数をつくり、数につくられた」 人の数的な認識を、(特に認知科学的な成果を中心に)様々な学問的な成果を紹介しながら考察していく、一般向けの読みやすい科学書。父親がピダハン論争で有名なダニエル・エヴェレットである、その息子ケイ…

書評「この本を盗む者は」

当初はアマゾン向けのレビューとして書いたが、長い上に内容がこれなのでこっちに掲載に変更 「この本を盗む者は」 深緑野分のアイデアは素晴らしいけれど、それが小説としては十分に活かされていない勿体無い作品 「ベルリンは晴れているか」で一般に広く知…