認知科学

ベイズ脳のサンプリング説を扱った論文を紹介してみる

最近、ある認知科学の論文を読んでいたら、このような文章に出会った。 広く知られるように近似ベイズ推論において変分推論とマルコフ連鎖モンテカルロ法は二つの代表的な理論であるが,今のところ集合的予測符号化の数理モデルはマルコフ連鎖モンテカルロ法…

人の心の普遍性という原理を超える認知科学の方向性を考える(追記つき)

近年の心理学では、実験結果が再現されない再現性問題が論じられようになってすでに長い。再現性問題にはいくつかの原因があるが、その一つにWEIRD問題がある。WEIRDとは、西洋の,教育を受けた,工業化された,豊かな,民主主義社会の…の頭文字を取ったもの…

ChatGPTをめぐる議論を少し考えてみた

最近ChatGPTが大きな話題だが、私もその成果は驚きを持って見ている。ただその一方で、ツイッターを見ていると、ただのユーザーの感想でしかないことが大層な意見みたいに言われているのを見るのにはウンザリしている。私もChatGPTについてそこまで詳しく訳…

書評 サイモン・バロン=コーエン「ザ・パターン・シーカー」

「ザ・パターン・シーカー:自閉症がいかに人類の発明を促したか」 著名な自閉症の研究者が、共感と対照をなすシステム化の視点から人の心について論じた著作。ただし、内容が著者の専門に近い章は良質だが、心の進化にまで手を広げて大風呂敷を広げた章は無…

ベイズ脳は認知バイアスを説明できるのか?

認知科学でもここずっと話題となり続けている自由エネルギー原理(予測処理)1は、自らを脳や心のための統一理論であると称している。これまでの理論と比べての扱える適用範囲の広さを考えると、こういう主張をしたくなる気持ちも分からなくもない。 統一理論…

ディスクレシア(読み書き障害)から考える人類進化の謎

しばらくここに記事をあげてないが、ブログに書きたいことはなくもなかった。 例えばハイエクとニューラルネットワークの記事を書くつもりで、めぼしい論文からの引用まではした。感覚秩序の話だけ書いても物足りないのでその先も書こうと計画だけはしたが、…

自由エネルギー原理の予測処理的な大枠を自分なりに理解してみる

自由エネルギー原理については、このブログでは既に何度か批判的な議論を紹介している。フリストンブランケットやメカニズムとの関係についてはすでに記事をあげたが、私自身の自由エネルギー原理への印象は相変わらず良くならない。他に気にしてる話題がな…

人工知能は知覚の逆問題を解いたのか?

正直なところ、今の人工知能なんて驚異的な統計装置かもしれないけど所詮は生きた心とは似ていない…と最近は高をくくっていた。でも、次の記事を読んだときはマジかもしれないと思い始めた NeRFの仕組みがどんなものかいまいち分からないのでまだ評価しがた…

認知科学における計算主義を方法論的な視点から擁護してみる

自分は二十数年前の学生時代に(科学としての)認知科学に魅了されて今に至るのだが、その中で認知科学への無理解な批判には何度も会っている。認知科学を一時の流行とか過去の遺物とか言ってた奴らは、欧米の事情を知らないただの無知なので付き合うだけ時間…

乾敏郎さんがゲストのポッドキャストをお薦めします

自分は普段からポッドキャストで情報収集をしている。今回は、その中からこのブログで是非お薦めしたいポッドキャストを紹介します 紹介するポッドキャストは、乾敏郎による自由エネルギー原理入門みたいな内容です。一般向けの内容で、無意識的推論・トップ…

カーネマン他「NOISE」上・下のレビューと感想

「NOISE 上: 組織はなぜ判断を誤るのか?」 「NOISE 下: 組織はなぜ判断を誤るのか?」 行動経済学の代表的な学者たちが、人の判断を統計的なノイズの視点から論じた一般向けの著作。文章は読みやすいが、内容は独特な分だけ少しとっつきにくい。ちょっとでも…

生命と心の連続性を論ずる難しさについて論じてみる

最近、たまたま生命(life)と心の(mind)の連続性についての論文を読んだのだけれど、どちらにも多かれ少なかれガッカリした。生命と心の連続性というとエヴァン・トンプソンの著作が知られているが、どちらの論文にも、トンプソンの著作からの共通の議論みた…

予測処理(予測符号化)の源を引用から探る

今の認知科学で大いに話題となっている予測処理およびその元である予測符号化には、歴史的に見ると何人もの先駆者がいることはよく指摘される。彼らは皆、知覚とは単に外界から感覚を受けとるだけではないことを強調する点で共通している 多くの研究者が予測…

自由エネルギー原理にとりあえずの見切りをつけるために考えてみた

自由エネルギー原理には前々からしっくり来るところがなかった。私自身は予測符号化について勉強することから始めたので、自由エネルギー原理には後から接したことになる。自分は予測符号化には好意的だ。 しかし、自由エネルギー原理の源には予測符号化があ…

今、ポーランドの認知科学の哲学が熱い!

今、ポーランドの認知科学の哲学が熱い! 今の時代、様々な論文がプレプリントやオープンアクセスの形でインターネットで公開されている。認知科学関連の論文もネットで検索すると、英語で書かれた最新の論文がしょっちゅう見つかるので手に入れて読むことが…

書評 クライヴ・ウィン「イヌは愛である」

「イヌは愛である 「最良の友」の科学」 犬の心について人との接触で育まれる愛情の視点から様々な科学的な研究から論じた著作、興味深い部分はあるが全体としてのまとまりは悪め 犬は人との触れ合いによって愛情を育んで社会的能力を発揮することを、様々な…

書評 グレゴリー・バーンズ「イヌは何を考えているか」

「イヌは何を考えているか 脳科学が明らかにする動物の気持ち」 動物の神経科学について著者自身の研究エピソードを混じえながら語る科学エッセイ 動物の脳を研究する著者が、自身の研究の具体的なエピソードを混じえながら、動物の心について科学的に語る著…

正統派の進化心理学を知れる最近でた日本語の論文をお薦めする

私にとって進化心理学とは〜1990年代に勃興し、2000年代に広く流行り、2010年代になると批判が出てきて分野として落ち着く〜という経過をたどった学問分野で、今でも興味はなくはないか今さら論争するほどではない…と思っている。だが、これは欧米での事情で…

書評 ケイレブ・エヴェレット「数の発明」

「数の発明――私たちは数をつくり、数につくられた」 人の数的な認識を、(特に認知科学的な成果を中心に)様々な学問的な成果を紹介しながら考察していく、一般向けの読みやすい科学書。父親がピダハン論争で有名なダニエル・エヴェレットである、その息子ケイ…

どの研究成果に再現性がないのか?なんてよく分からんわ

心理学で実験的な研究が再現できない問題が話題になってから何年も経つ。私は現在の事情は把握しきれてないが、どうも教科書をかなり書き換えないといけない?と思わせるほどの、激しい動きになってるようだ1。最近草稿が出た再現性問題を扱った論文は、こん…

愚痴の後で書きたい記事のアイデアだけを書く

以下はただの愚痴なので読み飛ばせ 私がこのブログで書くことはだいたい早すぎて、その時点ではあまり理解されない。 俗流クオリア論批判もその流行りのまっただ中で書いたが、当時は学者も含めて誰も批判する人がいないことに呆れていた。ピンカーやマッド…

最近の認知科学の哲学における用語「実在論」の濫用を憂う

前回の記事では、科学における実在論(realism)を取り上げた。あらためて、該当箇所を引用しておこう。 科学哲学にはある大きな論争がある。それは、科学的に観察できない現実を信じることは正当化されるか?(実在論)、観察できない何かは科学的に観察できる…

フリストンブランケットはどんな科学モデルなのか?

論文「皇帝の新しいマルコフ織物」 今回、ある程度突っ込んで紹介したいのは、次の論文だ。 google:Jelle Bruineberg Krzysztof Dolega Joe Dewhurst Manuel Baltieri The Emperor’s New Markov Blankets 論文のタイトルは、おそらくペンローズ「皇帝の新し…

画像生成プログラムDALL-Eから人の知性を考える

WIREDの記事はいつも楽しみに読んでいるが、最近はこんな記事が面白かった。 AIは人の知性とは異なる道を歩む この記事を見てあらためて思うのは、現在の人工知能は生きた知性とは全く違う道を歩んでいるということだ。そこで思い出すのは、スタニスラフ・レ…

公正世界仮説という訳語を勝手に考察してみた

この前、YouTubeで社会心理学者が公正世界仮説を紹介しながら、コロナ禍の差別について語っていた。まあまあ面白かったので、興味のある人はどうぞ。 自分は公正世界仮説を知らなかったので、それなりに興味を持って聞けた。正直、終わりの方の話とか、もう…

最近見た社会心理学者キース・ペインのTED講演が良かった

私は英語のリスニングは苦手なので、TEDの日本語字幕の動画は確認してたまに見てる。日本にはTED講演に文句を言う人もたまにいるが、このレベルの科学的な内容をコンパクトにまとめた動画は日本にはほとんどない。 最近見た社会心理学者キース・ペイによる政…

存在論的転回について自分で勝手に考えてみた

宮台真司の映画評は好きなのだが、ときどき挟み込まれるアカデミックな言及には首をひねることが多い。今回はこれ 今日の思想界隈における「存在論的転回」につながるスリリングな話なので、ざっと説明しましょう。 90年代半ばにフランスの人類学者ダン・ス…

科学は泥沼が面白い?

今年に入ってから、予測処理論への本格的な批判が目立ちつつある。前に紹介したMiłkowskibらの論文("Unification by Fiat")や、既に軽く触れたDaniel Williamsの草稿1、まだここでは紹介してない暗い部屋問題を扱った文章での行動主義理論との比較も興味深い…

なぜ認知バイアスで行動を説明したことにならないのか?

今回のコロナ禍で、政治家などの言動を批判するのに正常バイアスを持ち出すことが見られた。正常性バイアスは以前の記事で引用した説明があるので、それをこのまま引用しておきます。 正常性バイアス:災害やそのありうる帰結が起こりうる可能性を低く見積っ…

予測処理理論は用語があいまいに使われているのか?

この前、統一理論としての予測処理(PP)理論を批判する論文を読んでいると書いた。それは次の論文だ。 google:Piotr Litwin, Marcin Miłkowski Unification by Fiat: Arrested Development of Predictive Processing には、一通り内容には目を通した。それな…