神経科学者セスによる予測符号化についてのTED講演を見よう

脳が「意識された現実」という幻覚を作り出す仕組み
TEDは学者や企業家をはじめとした様々な注目すべき人たちによる講演を動画として公開している有名な所だが、たまたま専用アプリが目に入ったので試しに見てみた。TED講演の存在は以前から知ってはいたが英語が面倒で長らく無視してきたが、最近は日本語字幕付きの動画が増えて見やすくなっている。その中で最近の調べ物でよく目にした学者による講演があったので見た。そうしたら思った以上に優れた講演だったので是非ここでお勧めしたくなった。この記事の冒頭にあるリンクから見れるのでどうぞ。
最近の調べ物というのは、このブログでもすでに取り上げている予測符号化(predictive coding)のことだ。講義のタイトルからすると意識についての講演だと思ってしまうが、内実は予測符号化(から見た意識)についての入門講義となっている。予測符号化についての良書としては既にフリスの本をここで勧めているが、別の第一人者による入門講義がネットで見れるのは喜ばしいことである。詳しい説明はやはり書籍の方が優れているが、実験を視覚的に確認できる点では講演の動画が優れている。興味を持った方はどちらも眺めてみても損はないです。
17分程の講演で軽い入門レベルの話しかできていないが、初心者には見やすいものとなっている。ただ最近のセスの研究対象である内受容感覚についても終わりの方で触れられてもいるが、本論の予測符号化についての話とは分離気味なのは残念だが、これは文字通りに現在進行形の研究なので仕方ないだろう。

予測符号化についての私的見解

セスもフリスと同様に予測符号化を世界は直接に知覚されている訳ではないとしている点で観念論的だが、科学的にはこれが正統派の理解だろう。その点では予測符号化を好む身体化論者アンディ・クラークとは調和しない感は拭えないが、予測符号化が得意とするのが主に感覚・運動のような低次認知が中心であることを考えると、その好みも理解不可能というほどでもないような気もする(高次認知との関係が謎なのはクラークに対する昔からの謎で、今に始まったことではない)。
ここからは個人的に考えたことばかりで、一般的な見解ではありません。なぜ予測符号化が生じたのかと考えると、それは世界におけるリアルタイムな対応を可能にするためではないかと思われる。なぜリアルタイムな対応のために予測が必要かというと、現実の世界でのリアルタイムな対応において必要とされる速度と、神経系においてリアルタイムで処理可能な速度との齟齬があるせいのではないかと考えついた。現実のリアルタイムな対応を実現する最も簡単に思いつく手段は神経系においても現実の世界での対応速度と同じ速度で同時間的に処理することだが、そうでないのは単に神経系における物理的限界(又は効率の悪さ)によってそれが不可能だからに過ぎない。しかし、現実へのリアルタイムの対応ができないと自然淘汰によって生き残ることはできない。そこで進化した手段が、現実の世界の動きを予測(と学習)することによって、神経系の処理速度の相対的な遅さにも関わらず現実の世界に素早くリアルタイムに対応できるようになったのではないか?と思うようになった。こうした点はスポーツの世界で典型的に見ることができるはずだ。私達はボールの動きに文字通りにリアルタイムに対応しているというよりも、ボールの動きを学習の結果として(無意識に)予測することによって身体を動かすのだ。
と、ここまで考えて反論を思いつく。アンディ・クラークが好んで取り上げるトップダウン効果は予測符号化による説明に適しているが、これをリアルタイムな対応のためだと言い切ってしまうことにはまだ躊躇がある。黒人への無意識の偏見が前もってあれば危険を避けられる…とすれば偏見を現場でのリアルタイムな対応のための準備だと考えることもできる。しかし、そうした無意識の偏見は必ずしも現実のリスクをそのまま反映したものとは言い難く、本当は根拠のないただの偏見でしかないことも多い。トップダウン効果は低次認知と高次認知の境界に当たる現象で、予測符号化のリアルタイム対応説がそのまま当てはまるのかは疑問も多い。