澤口俊之「わがままな脳」
日本人の書いた脳科学の解説書としては最良。この人はたまに怪しい本も手掛けるらしいが、この著作はまっとうです。この著者が国際的な第一級の脳科学者であることがよくうかがえる本。とりあえずお薦め。ただしこの著作、認知心理学に関する知識が怪しい、というか間違っている、というのも確かな事実である。
ワーキングメモリと短期記憶、潜在記憶と手続き記憶、との区別がさっぱりついていない。困ったものだ。特に前者はこの著者の意識に関する説に関わっているので始末が悪い。まあ、後者については、タルヴィングによる記憶のプライミング研究なんて、確かにまともな認知心理者でもなければ知らないかもしれない。それにこの著作の論旨には関わっていないので許すとしよう。しかし、前者については「意識とはワーキングメモリである」という考え方を開陳している点を考えると、かなりの欠陥ということになる。
有名なバッドレーのワーキングメモリの実験では、被験者にわざと物事を暗記させておいて短期記憶を一杯にしてもおいても、文章を読んだりする課題をこなすことができることから、短期記憶とは別にその場その場で物事を扱う空間があると考える方が合理的ではないかとされた。それこそがワーキングメモリ(作業記憶)である。しかし、澤口俊之は動物(類人猿)にちょっとした記憶課題を解かせながら脳を調べて、堂々とワーキングメモリだと言い張っている。残念ながら、それが短期記憶かワーキングメモリかの区別はそのままではつきません。いやそもそも、動物にワーキングメモリがあるかどうか自体が問題になる。もしあるとしたら、その動物には意識があることになってしまうはずだ。動物の意識ほど議論の的になることもない。ようするに実験の解釈は基本的には間違っていると結論つけざるとえない。
とはいえ、著者が素晴らしい科学者であることに変わりはなく、この実験だってそれ自体は興味深い。ただ、その解釈に問題がある。認知科学は学際領域といわれるけど、実は結構その間の垣根は高かったりする。やはり各分野の分かりやすい解説書は必要なのだ。とはいえ、認知心理学の良い解説書を日本の研究者に求めるのは酷かもしれない。お世辞にも日本の認知心理学はレベルが高いとは言いがたい。せめてもっときちんとした翻訳書が出版されればなぁ、とぐらいは思うのだが。
- 書き直して縮めてamazonに公表する気もなくはない。やる気が出ればだが。
- 作者: 澤口俊之
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2000/03
- メディア: 単行本
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