認知科学史上の重要文献トップ10の紹介

ミレニアム・プロジェクトのトップ10の紹介

1:チョムスキー「文法の構造」(1957)
生成文法で有名。まさに認知科学という分野を作り上げた、といっても過言でないほどの画期的な理論。第一位は当然です。
2:マー「ヴィジョン」(1982)
網膜上の二次元を三次元へと変換するための視覚理論である二と二分の一スケッチで有名。視覚の計算理論の可能性を示した、夭折の天才マーによる著作。認知科学に再び革命を起こしたといっても過言ではない。上位二つで認知科学の転換点が分かる。
3:チューリング「計算機械と知能」(1950)
有名なチューリング・テストです。人工知能好きは今でもこの話をするのが得意ですね。いい加減に自律型ロボットの話でもすれば…とも思うが、この話題は衰えない。すごすぎ。
4:ヘッブ「行動の構造」 (1949)
コネクショニズムの源となったシナプス結合によるモデル(ヘッブの法則)を提唱した。ヘッブは行動主義の脳モデルとしてこれを考案した、ということぐらいは知っておいた方がいいんじゃないかと思う。
5:ラメルハート&マクレランド「PDPモデル」(1986)
すでに不可能とも思われたコネクショニズム・モデルを誤差逆伝播というアイデアから実現した著作。一応言っておくと著者たちは認知心理学者です。この著作の衝撃を私がうまく伝える事など出来ません。一時は認知科学上の問題はこれですべてOKと思われたほど。さすがに今では限界が分かってきているが。
6:サイモン&ニューエル「人間の問題解決」(1972)
人工知能研究の規範ともなった著作。エキスパート・システムの基礎。人の認知のコンピュータ・メタファーによる理解を大々的に打ち出した。もちろん今では限界は分かってしまったが、当時の認知科学パラダイムを定めた著作であることに変わりはない。
7:フォーダー「精神のモジュール形式」(1983)
人にはモジュールという能力の単位があることを提唱した著作。例えば、言語モジュールがその代表。今ではいろいろなモジュールが提唱されており、進化心理学にも大きな影響を与えた。日本語訳は過去に出たことあるが絶版で手に入らない。私の通っていた大学の図書館にもなかった(結構大きい所だったのに)。アメリカのアマゾンじゃ未だに絶賛なのにどういうことだよ、意味分からん
8:バートレット「想起の心理学:実験的社会的心理学の研究」(1932)
スキーマ理論で有名。物を覚えるときは類似の事柄をまとめて覚える傾向があるとか、物語の記憶はだんだん詳細なのから時と共に筋だけの記憶に変わっていくとか、面白研究が満載。
9:ジョージ・ミラー「マジカルナンバー7プラスマイナス2」(1956)
人が一度に覚えられる事柄は7±2チャンクだと様々な研究から見出したすごい論文。短期記憶で覚えられる事柄の単位としてチャンクを提唱した。チャンクとは記憶の単位で、例えば「るえけ」は無意味なので文字単位で3チャンク、「たるいけ」なら有意味な単語があるので2チャンク。日本の認知科学辞典にこの項目がないのは不可解、というか欠点。
10:ブロードベンド「知覚とコミュニケーション」 (1958)
注意のフィルター理論で有名。ヘッドホンで両耳から別々の声が聞こえたとき、一方だけに注意を向けると他方からの声は覚えてるの?*1みたいな。なぜシャノンもマカロック&ピッツもヒューベル&ウィーゼルも押しのけてこちらがトップ10にランクインしたのか?重要であることは認めるにしてもだ。認知心理学事典によると英米での心理学への影響は絶大だったらしいが、日本では翻訳どころか解説さえほとんど見当たらないので分かりにくい。認知科学の歴史に興味を持つ私でさえ?ましてや歴史意識の薄い他の人はさらに?
ちなみに、11位はJ.ギブソン「知覚システムとしての諸感覚」、いいかげん翻訳出せよ。チューリングチョムスキーは20位以内にもう一つランクイン、すげぇ。にしても、ピアジェは下位すぎません(50位あたり)、ヴィゴツキーより下って…(50位以内には私にもまだ分かんないの結構あるんですけど)。

英語原典の情報

Millennium Project top10(The one hundred most influential works in cognitive science from the 20th century http://www.cogsci.umn.edu/OLD/calendar/past_events/millennium/final.html)

  1. Syntactic Structures Chomsky, N. (1957)
  2. Vision: a computational investigation into the human representation and processing of visual information Marr, D. (1982)
  3. Computing machinery and intelligence Turing, A. M. (1950)
  4. The organization of behavior; a neuropsychological theory Hebb, D.O. (1949)
  5. Parallel distributed processing: Explorations in the microstructure of cognition Rumelhart, D. E., McClelland, J. L. (1986)
  6. Human problem solving Newell, A., & Simon, H. A. (1972)
  7. The modularity of mind: An essay on faculty psychology Fodor, J. (1983)
  8. Remembering: A study in experimental and social psychology Bartlett, F. C. (1932)
  9. The magical number seven, plus or minus two: Some limits on our capacity for processing information Miller, G. A. (1956)
  10. Perception and Communication Broadbent, D. (1958)

ちなみに、ノミネートを年代順にならべたこちらは網羅的な認知科学年表の代わりにもなります(http://www.cogsci.umn.edu/OLD/calendar/past_events/millennium/listy.html)

作者のおしゃべり

数年前にネット上でThe Cognitive Science Millennium Projectを見つけたときは大喜びだった。20世紀の認知科学の重要文献の順位付けが載っていたからだ。しかも学術的にも信頼できるもので、実際の中身も納得の内容だった。今でもそこに載っているすべてを理解しているわけではないが、その重要性は明らかに理解できた。日本語で認知科学年表を作ろうとしたのもこのサイトを見たからだ(当時の自作ホームページの記録では2002年ごろ)。今回のブログでお蔵入りになっていたその年表をまた蘇らせた(プロフィールのお薦め記事を参照)。未だにこれに匹敵するのは日本語サイトでは見たことなどない。認知科学は学際的で領域も広いので全体像が見出しにくいし、だんだんとその本来の意義も分からなくなってしまっている。そのためにもこの年表が役立って欲しいとは思うし、もしかして勉強や研究の足しでもなったら私もうれしい。
でも、残念なことに思ったほど年表の受けがよくないのは、認知科学の知識がないと年表の価値が分からないせいな気がする。実際、ウィキペディア認知科学に関連した項目の記事があまりに受けがいいのがその証拠ともいえる(私自身は苦労してないのでちょっと困惑だが)。で、しょうがないので有名文献の軽い説明をしてみた。もし興味を持ったらぜひ認知科学の本を読んで欲しい。ネット上の情報など高が知れてます(だから私はこんなことしてる)。それも出来れば出来のよい翻訳で。入門なら「ゲーデルエッシャー・バッハ」とか「マインズ・アイ」とかピンカーの本とか。正直言うと、日本人の書いた本は有名な人のでもあまり出来がよくないのが多いのでそれで満足しないでください(私が一体何冊の認知科学書を読んできたと思ってるんだ。もちろん日本のでも薦められるのはあるが少ない)。日本には(元?)認知科学マニアって私の他には少ない気がする(ネットを見ててもそう思う。人工知能とか脳科学とか個々の分野なら見当たるのだが)。

*1:ただしこの実験そのものは別の人が行なったものです。ブロードベンドのはあくまで理論