ブログに真面目な記事を書いてもほとんど読まれないと気づいたので、きちんとした記事など書く気も起きない。ましてや、最近の自分が面白く思っている話題があまりに新しい話すぎて、記事にするのが適切かもよく分からない。私は認知科学にちょっと飽きると一時的に別の話題に夢中になるのだが、最近までは確率や統計について調べていた。しかし、日本語で手に入るネットにある知識はテクニカルなものに偏っているし、書籍も同じ傾向が強い。それで自分向けに確率統計についての私的な整理を書いたので、それをあまり目立たないところに出しておいた→https://deepbluedragon.hatenadiary.com/entry/stat-memo。気が向いた人は見てみてください。

これで、とりあえずは確率統計については一区切り付いた感じがしたので、また認知科学に戻ってきた。予測処理(predictive processing)における表象(representation)論争とか総合による分析(analysis by synthesis)の系譜とか以前から個人的に調べているテーマはあるのだが、まぁ記事にする気はとても起きなくて完全に私的な趣味の領域に入りつつある。でも、そういうことばっかりしているとモヤモヤしてくるので、じゃあ昔ネットに出した認知科学年表を書き直してみようかと思い始めた。

あの認知科学年表も元々は私的な整理でしかないから、新版への改定もお手軽にやっていこうと思っている。ただ、その過程で驚いたのが、当時私が参考にした認知科学の重要文献をアンケートで調べたミレニアムプロジェクトがいつの間にかサイトが消えてしまっていたことだ。お気に入りだった個人によるホームページやブログが消えてしまうことにはさすがに慣れてしまったが、正式な組織による重要な資料が消えてしまったのはちょっとショックだ。一応、二十世紀の認知科学文献ベスト100だけは別の形で残っていたが、アンケートの総合結果が消えてしまったのがかなり痛い。古い認知科学年表はそのまま残すとして、新たな認知科学年表ではリンクをし直す必要が出てきた。

認知科学年表は1990年代以降を書き直す(書き足す)つもりだが、1990年代は参考にしたミレニアムプロジェクトにも含まれていたし、現在の視点から項目を入れ替えることに異存はないのだが、困ったのはやはり二十一世紀に入ってからだ。参考にできるめぼしいサイトもないし、完全に個人的な記憶と判断に頼るしかない。内容が偏ることに対しては、どうせ自分用のメモみたいなものだし構わないのだが、それでも困ったことは多い。採択する文献の選択の基準はなかなか難しい。

例えば、二十一世紀に入ってから認知神経科学進化心理学が流行ったが、この流行りを示す文献を挙げるのは難しい。この辺りははっきり言って重要な研究はたいてい1990年代に既にあったが、二十一世紀に入ってからは文献の多さの割には代表的な文献を挙げるのが難しい。それに関連した研究は言語進化や道徳心理学といった別の流行ったテーマにも含まれているので、無理に挙げる必要もないかもしれない。それにどうせ認知神経科学はそれほど詳しくないのでそれほど気にかける必要もないかもしれない。

逆の方向で困ったのが、代表的な文献は幾つも挙げられるが全部を挙げるとバランスが悪いので選択する必要がある場合だ。その代表は4E認知(身体化)だ。別の方向で困ったのが、同じ学者が重要な文献を幾つも書いていてどれを上げればいいのか迷うことだ。その代表はトマセロだろう。もう一つ困ったのが、重要な文献が出た年とそのテーマが流行った年にズレがあることが多いことだ。その典型はミラーニュロン研究だがこの場合は最初の重要文献は挙げて当然だが、これが道徳心理学や予測符号化(極端には小脳研究まで遡れる)になるともうちょっと迷う。

なんにせよ、個人的な趣味だと割り切って自分のペースでやることにしている。今回、関連の調べものをしていてネット上の日本語での認知科学の知識が相変わらず乏しいことは分かったが、一素人のできる事はたかが知れている。