建築デザインにおける生態心理学的な考察

テレビの美術番組で欧米の有名な建築家の建物を見てつくづく感心した。よくモダニズム建築批判とかを耳にするが、その代表のル・コルビジェの作品ってこんなにすごかったんだ、と番組を見て驚く。建物の端から端まで計算されつくされていることに感心。結構すごしやすそうだ。あぁ、やっぱり本物は違うと改めて感じた。
建築におけるモダニズムとはある意味で合理的な機能主義である。前もって必要な機能を計算しておいて設計する。そのとき人間工学的な配慮もなされるので快適さは必ずしも失われない。それに対して、建築におけるポストモダニズムはそこでの既存の機能への固執を問題にする。それは既存の機能では測れない情緒的なデザインへの道も指し示した。しかし、ポストモダニズムの欠点はむやみやったらに合理主義を配したので意味もなく不便なデザインにもなりえたことだ。それに比べれば、良質なモダニズムの方がシンプルなデザインを実現している。計算も最小限に抑えれば、あとは住人の自由が利くともいえる。
テレビのリフォーム番組を見ててよく思うことは、そこでのデザインはモダニズムポストモダニズムとの双方の欠点を兼ね備えていることだ。つまり、前もってあれこれを計算してデザインするのだが、その結果はあまり良く整理されていないので変に複雑で不便そうなデザインに収まってしまうことが多い。番組のコメンテーターはすごいですねと褒めているとき、見ている私はそんなの実際の生活では意味なくなっちゃうよ、とつっこんでいることが多い。中途半端な合理主義と中途半端な情緒主義。だいたいそういうデザインをする人はそこを実際の生活の場として考えず、それらしい装飾とかそれらしい機能に終始することが多い。生態心理学的に見れば、こんなに最悪なことはない。
生態心理学がデザインに対して言える最大の助言は、複雑にしすぎないことである。もっともらしい機能をあれこれつけたってすべて使うわけではないし、多機能にすることによってかえって本来の機能さえダメにしてしまったりすることが多い。多機能な家電製品などオタクなマニアなら使えるかもしれないが、そうでない普通の人には使えない。特に建築では機能の固定化のし過ぎは危険である。ここで流しそうめんが出来ますよって、そんなめったにやらないことのためにデザインを配置してもしょうがない。普段の生活で人がその中でどう動くのかを考えないといけない。アフォーダンス理論がデザインに貢献できるとしたら、そうした生活の空間における人の動きへの注目であろう。
分かりやすいように車椅子の例を挙げよう。車椅子にとって固い床は移動のしやすさ、つまし車輪の転がりやすさをアフォードする。それに対して、柔らかい床は移動しにくさをアフォードする。床の出っ張りは移動の停止、車輪の進行を止めることをアフォードする。もちろん、床の出っ張りは車椅子にとって常に不都合なわけではなく、危険な区域への立ち入りを防ぐのにも使える。このようにアフォーダンス理論は人(生物)*1の動きがいかにして可能になるかを指し示す。

建築家は、自らがデザインした配置における移動や行動のアフォーダンスに注意を向ける必要がある。建築物(都市でも迷路でも同じだが)の中で自分がどこにいるかわかっているということは即ち、どこに行けば望むものが手に入るか知っていることである。目標に到達するために我々は、目標とする「面」が最終的な景色に含まれるまで、景色を連続して広げていかなければならない。現代建築では、このアフォーダンスの知覚が、必要以上に困難にされている。

固い床とか向こう側に行けない壁とかと通り向けるためのドアとか向こう側を眺めるための窓とか、そういった人の目に見える景色にある面が重要である。だから、人の目を騙すようなデザインやどこに目をやったらいいのか分からないデザインなどは生態心理学的によくないデザインである。装飾も重要かもしれないが、過度の装飾は人の目を狂わせる。そうした装飾は建築家の自尊心は満足させるかもしれないが、実際の生活では単なる邪魔物になる可能性がある。重要なことは、その建築の場を実際に人が生活し動き回り憩う場として考えているかである。建築家が作り出すのは理念ではなく、人の生活の可能性でなくてはならない。アフォーダンスとは人が生きることを可能にためにあるのだから。*2

  • 参考文献

直接知覚論の根拠―ギブソン心理学論集

直接知覚論の根拠―ギブソン心理学論集

この著作の第4.5「アフォーダンスに関する覚書」だけは知識のない一般の人でも読むことが出来ます。それだけを目的に買うには値段の高い書物ですが、訳の読みやすさを考えると、残念ながら今のところお薦めできるのはこの本しかない。短い章ですが、デザイン関係の考察も含まれているので参考になります。お金に余裕のある人はどうぞ。
アフォーダンスの心理学―生態心理学への道

アフォーダンスの心理学―生態心理学への道

もっと詳しく知りたければこの著作が最良です。惜しくも若くして亡くなった著者のエドワード・リードは、ジェイムス・ギブノンの最もよき理解者といえる。この著作はギブソンの理論を進化論と結びつけて論じた本。デザインの話はあまり書いてませんが、アフォーダンス理解にはかなり役立ちます。ちなみに、この訳書での訳語「選択主義」は「淘汰主義」の間違いである。こんな進化論の基礎用語を訳し間違えるのはかなりまずい。おかげで初読時は意味が分からなかった。こんなの専門用語じゃなくて教養レベルだぞ。

*1:この例では車椅子に乗った人なのでよい例とは言いがたいが

*2:最後に私の意見を言わせてもらうと、ギブソンアフォーダンス理論はモダニズムのような合理的な機能主義の匂いがしないでもない。出てくる例がそういう例ばっかりだ。例えば、固い床の上で寝るのはつらいが、柔らかい床の上で寝るのは快適だ、みたいなのはアフォーダンスでありうるのか。さらに。芸術にアフォーダンスはありえるのか。そういう拡大はこれからの課題でもある。まぁ、それ以前にアフォーダンス理論がきちんと理解される必要があるわけだが。ちなみに、これは主にギブソンに依拠して書いたが、ノーマンのアフォーダンス概念とそれほど区別したわけでもない。そういう厳密な話は別のところでする。