ロルフ・デーゲン「フロイト先生のウソ」

題名からするとトンデモ本くさい(私もそう思っていた)。しかし、実は実証的な心理学研究に基づいて書かれたきちんとした著作。おそらく文庫で手に入る心理学本の中では最良(かつ唯一マトモ?)な著作です(新書ならマトモな心理学本はもっとたくさんある。ダントツで中公新書にいい実証的な心理学の本が多い。逆にブルーバックスは怪しい心理学本が多い、なぜ?)。
心理学の知識の全くない普通の人が読んで面白いのはたしか*1。でも、心理学の知識がある人が見るともっと面白い(または、さらに不愉快)。なぜなら、ここで批判されているのは主流の心理学説が多いからだ。ピグマリオン効果とかタイプAとか。分かりやすく例を挙げれば、自尊心は高い方がいい(実は自尊心が高すぎるやつは暴力男)とか、正しい自己認識こそが健全だ(実は欝の人の方が正しい自己認識をする)とか、そんなのばっか。それより心理療法には全く効果がないというのに私は爆笑。実は私は臨床系が目当てで心理学科に入ったのだが、そのあまりのバカらしさに認知系に転向した者だ。正直言ってしまうと、心理学の臨床系の人って私から見るとちょっと…*2
でもまあ、心理学神話への批判はどうでもいい。それよりも私がこの本をお薦めする最大の理由は、実証的な心理学実験が紹介されているからです、しかも文献表付きで(偉い!)。これなら怪しいと思っても自分で元文献に当たることも可能です(英語とドイツ語の論文しかないですが)。しかも、さりげなく認知心理学の重要研究がてんこもり。ナイサーのフラッシュバルブ・メモリーとかロフタスの目撃者研究とか(プライミングや説得研究もあったような)。認知心理学の知識がないとそうと分からないのが欠点だが、まぁ文庫本でこんなのが紹介されているというだけで満足するしかないでしょう(紹介の短さはしょうがない。こんな本が文庫であるだけまし)。
とはいえ、だからといって「精神分析まやかし〜」みたいに噴き上がってもしょうがない。もしかして療法としてはダメかもしれないが、フロイト精神分析派が今でも注目に値するようなことを言ってないわけじゃない(ノーマンやラマチャンドランが著作でフロイトに注目してる部分もある)。それに、心理療法なんて所詮プラセボ効果*3でも構わんじゃんとも思っている(ただしボッタクリや犯罪は困るが)。私個人としては、現行の社会のあり方にただ寄与するだけでしかない心理療法なんかよりも、社会そのものを良くする努力をするとか、普通の生活や仕事の中で出来ることをするとか、そういう方がいいと思う。誰かを治さなきゃ〜助けなきゃ〜みたいな下手な投影をするよりはその方がよっぽど誠実な態度だと思う。あぁそういえば、欠点が投影されるなんて事実はないってこの本にあったっけ?

フロイト先生のウソ (文春文庫)

フロイト先生のウソ (文春文庫)

*1:それにしても、アマゾンでのレビューはたくさんあるわりにレベル低いな。みんな、心理学=臨床ってやつらばかりだ。まぁ、そんな人でも面白いってこと

*2:宮台さんの以前してた心理学批判は臨床系にはほんとによく当てはまりますから。ちなみに、臨床志望の学生も何だかな〜が多かった

*3:たとえ偽の薬でも、そうと知らずに利くかもしれないという期待だけでも病気への治癒効果があること