進化心理学に疑問を抱く皆様に朗報です、実証研究に基づいた考察本が出ました!

本能はどこまで本能か―ヒトと動物の行動の起源

本能はどこまで本能か―ヒトと動物の行動の起源

ブランバーグ「本能はどこまで本能か」は生得経験問題に少しでも興味を持つ人にはともかくお薦め。中でもトマセロやエルマンらの本を好むような発達に興味のある人には必読。私は本への評価は厳しい方だと思うが、これは絶賛していい。本能や生得性に関して思弁ではなく実証性から接近している素晴らしい本。これでもう下らない進化心理学話に右往左往しなくて済む。
リドレー「柔らかな遺伝子」も生得経験問題を扱ったお薦めできる本だが、それでも話が発生の域をあまり超えないので生得寄りな感じがぬぐえなかった。胚発生時の環境の重要性も扱われているとはいえ、この本はそればかりじゃない。狭い意味での環境だけでなく広い意味での経験が重要だと言う。メチル化と呼ばれる遺伝子を介さない遺伝の話には従来の進化説に慣れた身には驚きだったし、発達心理学の古典的な実験への批判はかなり辛らつなものだ。例えば有名な模倣実験、赤ん坊の前で大人が舌を出すと赤ん坊も舌を出すという実験。これに対してその後の追試から、口を開いても真似しないとか、舌を出すのは刺激に対するよくある反応だとか、手を伸ばせるようになったら舌を出さなくなるとか、かなり手厳しい。心理学の実験でよく被験者となる生後三ヶ月でも既に何かしらの経験かはしてるんだとか。例えば、心理学実験で赤ん坊が男性の顔より女性の顔をよく注視するのは母親から世話を受けるための進化的適応だって話に対して、父親に育てられた赤ん坊は男性の顔の方をよく注視するのだと実証されたという。ローレンツ以後の動物行動研究*1(心理生物学)での実験から分かるように、鳥のヒナの餌つつき行動のような一見したところ生得的な行動でさえ経験が関わっているし、鳥のヒナが親鳥の鳴き声を聞き分けられるのは孵化前に自分の鳴き声を聞いていたせいだし。こうして生得説に偏りがちな進化心理学のモジュール説が叩かれ、発達の視点を持ち込むことで生得/経験の対立を破棄することが推奨されている。文句なしだ。
著者のサイト Blumberg Home Page http://www.psychology.uiowa.edu/faculty/blumberg/blumberg.htm
この本にあった遺伝と発達に関する引用文献を検索したらネット上にあったのでよかったらどうぞ(もちろん英文)
Johnston, T. D. & Edwards, L. (2002). Genes, Interactions, and the Development of Behavior:http://home.fau.edu/lewkowic/web/Johnston%20Psyc%20Review_2002.pdf(PDF)(リンク元http://home.fau.edu/lewkowic/web/readings.htm
難癖つけてるだけの怪しい本じゃないかと疑う生物学の人向けに、この本で褒められている引用文献である表現型可塑性で有名な「発達の可塑性と進化」の著者ウエスト-エバーハードのページにもリンクしときます
Mary Jane West-Eberhard http://www.stri.org/english/scientific_staff/staff_scientist/scientist.php?id=35
エスト-エバーハードの進化説に関してはこちらを参照。日本語のブログなのでご安心を。ちなみに電話帳とは「発達の可塑性と進化」のことです http://hodotermopsis.seesaa.net/article/13518353.html

*1:参考のために取り上げられている生物学者を挙げると、D.S.LehrmanやGilbert Gottlieb