「解読! アルキメデス写本」を読んだ

「解読! アルキメデス写本」ISBN:4334962033。この著作は科学史と文献学を巡るめくるめく冒険を描いた面白い本である…ことは前提として問題は何故これをここで紹介するかである。一見すると無関係そうだがこの著作、実は認知科学との関連はゼロじゃない。著者の一人である科学史家リヴィエル・ネッツは過去に数学の認知的歴史に関する本を出したことがあって、この著作にもこの本への言及があり、それに関する本文の記述もある。
近代以降の数学での記法を用いた証明とは異なる古代数学における図を用いた証明を題材にして、数学的思考に記法や図が与える影響が描かれている。古代数学における図は近代以降の数学と違って正確に書かれた図ではないが、それは具体的な図からの証明に付随する誤りを回避する手段であり、あくまで図のトポロジックな特徴に注目するように促している。さらに、日本の学者が書いた解説はこの点からも必見。アマゾンのレビューにはこの解説への批判があるが見当違いもいいところ。別にネッツと異なる見解が書いてあるぐらいで何をオタオタするのか(だいたい学問とは異なる見解間の闘争でもあるってのに)。その解説での(2:3=4:6のような)比例を表わす記法に関する解説はとても興味深い。現在の私たちは記法を用いて比例について簡単に考えられるが、そうした記法がなかった古代には困難が伴っていた。それは無限や無理数の問題にも関連しているのだが、アルキメデスの天才と苦難はまさにここにあったのだ。
個人的には、図形を用いた数学の証明に物理学(と積分)の考え方を持ち込んだ部分にはたまげた。数学の天才による突飛な発想にあらためて驚かされた。