松原望「ベイズ統計」

ベイズ統計学 (やさしく知りたい先端科学シリーズ1)

統計学入門でも人工知能入門でもある、数式よりも考え方を重視したベイズ統計の入門書

数式が少ない考え方を伝えることに重点をおいたベイズ統計学の入門書。これまでのベイズ統計入門によくあった数式ばかりの専門書でもビジネス利用や学術利用を目指した実用書でもなく、(ベイズに限らない)統計の初歩から人工知能GPSと結びつけながら統計的思考法を身につけさせることを目的とした啓蒙的な本。ベイズ統計の入門書としては変わった構成だが、内容は分かりやすく扱われている範囲も広め。本当の初心者でも読めば(全ては理解できなくとも)イメージはつかめるし、他のベイズ入門書を読んでいても残っていたモヤモヤも解消されるかもしれない。
21世紀になってからベイズ統計学への注目がますます高まってきている。それに呼応するように、ベイズ統計についての日本語の書籍も多く出版されている。しかし、これまでの正統派であった頻度主義と呼ばれる統計学に比べると、注目されてからの歴史が浅いせいか分かりやすい本が多いとは言いがたい。定評の入門書もいくつかあったが、それもある程度の統計的な素養がないと読み進められないものばかりだった。本当の初心者向けでもベイズの定理の基礎で話が終わりで知りたいことにたどり着けないこともあったし、基礎を超えていても学者でない人が書いた本でこの辺りはどうも怪しい?というのも見た。しかしとうとう、本物の統計の専門家が書いたベイズ統計の考え方を伝える入門書が現れた。
著者は有名な統計の専門家で、既に世評の高いベイズ入門書も出している。その入門書が数式もそれなりに出てくる教科書だとしたら、今回の入門書は普通の読み物としても読める一般書に近くなっている。だからといってレベルが低いわけではなく、内容は統計の基礎から始まってより高度な話題である階層ベイズベイジアン・ネットワークにまで及んでいる。それどころか、ベイズ入門書としては珍しくニューラルネットワーク(人工知能)やカルマンフィルター(GPS)にも触れられており、その扱われるテーマの広さに驚かされる(目ぼしいもので触れられてないのはベイズファクターぐらいか?)。
この本の特色は扱われるテーマに広さだけではない。そのベイズ統計への導入の仕方が他の書籍とは違っていてとても分かりやすい。他の一般的な入門書だと(一般的な統計への入門の後)いきなりベイズの定理に触れてしまう。この本では一般的な統計の入門(確率論)がいつの間にかベイズ統計入門になっていて分かりやすい。その分かりやすさを示す特徴は、(他の入門書ではありえないが)ベイズの定理の数式に直接にはほとんど触れない点にある。確率計算からベイズの世界に自然に入り込めるようになっていて、本当の初心者にもやさしい。ベイズの定理の数式を印籠としてすぐ出してしまう本が多い中で、いかにしてこの本が統計的思考法を伝えることに尽力しているかがうかがえる。
他のベイズ本と比較してのこの本の特色は多くて紹介しきれない。頻度主義とベイズ主義との対立を前提にしないがゆえに統計に無知でも入りやすい。(他の本ではごまかされがちな)尤度や階層といった基礎用語も分かりやすく説明してくれる上に、(謎に見えがちな)ベイズの定理の分母について確率の合計を1にするためといった説明がさらりとされていて目を開かされた。マルコフ連鎖モンテカルロ法にも触れられているがその冷めた扱いには溜飲を下げた。だが、何より大きな特徴は人工知能と関連付けてのベイズ統計についての説明だろう。特にニューラルネットワークにおける非線形関数との関連については感心した。
この本の長所も特色もたしかに多いのだが、だからといって完璧なわけではない。本当の統計の初心者には、最初の二章までは分かりやすいが、それ以降は多少は統計の素養がないとちょっと読みづらい。この本の特色である人工知能の話題についても、唐突に説明されるので人工知能の知識が全くない人には訳が分からないかもしれない。しかし、このタイプの本で本当の無知な初心者に理解できるようにするのは困難なので、(この本ならでは長所と特色を考慮すると)必ずしも欠点とは言いがたい。
学術書とも実用書とも異なるあくまで思考法を伝えることを目的とした一般向けベイズ入門として優れており、他の入門書にはない特色も多く随一の入門書に仕上がっている。ベイズ統計に興味があるなら、最初の一冊としても他の入門書を読んでからでもお勧めです。