エルコノン・ゴールドバーグ「脳を支配する前頭葉」(感想)

これまでの日本の脳ブームに関連付けた感想(書評ではない)

これまでの日本は脳ブームであったにもかかわらず、これだけの重要本が今になってやっと訳された。日本で起こるブームなんてその程度のレベルにすぎない。
この著作は脳科学前頭葉ブームの先駆けであり、日本の脳ブームもその前頭葉の流行に洗脳されていたことがこれを読むとよく分かる。脳トレの源にしか見えない認知トレーニングや社会脳の源泉くさい前頭葉の社会的機能への言及などが全て含まれている。そして、日本の俗流脳論であるそのどちらも勘違いであることをこの本を読んで確認するのも悪くない。日本の脳ブームは、人気取りな脳文化人だけによって起こっていたわけではなく、専門の研究者もその一端を担っていた。そして、実際に前頭葉へのおかしな言及は専門的研究者によってされたものだった。
脳トレで有名な脳研究者がNHKの番組で、老人ホームで認知症予防のために計算などの課題をお年寄りにさせていたのを見たことがある。私はそれをを見たとき、意図は善意からであろうとも、とても害悪な番組だと思った。ようするに、番組で紹介されているのが科学的な研究としてさっぱり成立してない*1。より正確には、条件の統制が全然とれていなかったので、課題の効果なのかコミュニケーションの効果なのかさっぱり分からないとその時に思った。はっきり言ってしまうと、当時まだ流行っていた「あるある」などの疑似科学番組と同じだと感じた。一見(そうした生活情報番組と違って)真面目な作りをしてることが余計に始末に悪い。
それからしばらくして、すると今度もまたNHKで、親と話をする子どもの脳を測定する番組をやっていた。当時は、またか!とうんざりして見てた。番組でもっともらしいことは言っていたが、結局は緊張や集中を要する活動のときに前頭葉が働くという(当たり前の)ことを(厳密には科学的とはとても言えない手法で)だらだらと見せていただけだった。(当時から普段は評価していなかった)例の脳文化人Mが前頭葉産業と揶揄していたが、その点にだけはその脳文化人に納得した。
この本を読むと分かるが、脳トレの源の認知トレーニングに関して、別に(計算などの)課題でなくてはいけないわけじゃなくて、様々に代替できると書かれている。それこそスポーツや読書や社交などいろいろな活動で構わない。だから、別に脳トレのゲームなどしなくても、もっと他に同じ効果(この場合は認知症防止)がある活動は一杯ある。というか、他に有意義な活動を見出す方が生産的だ。脳トレのゲームがコミュニケーションのネタ作りには役立ったかもしれないことは認めてもいいけれど…。
またコミュニケーションに関しても、確かに子どもの頃に他人との交渉が過剰に少ないと前頭葉に影響があるという記述はあるが、だからといって過剰なコミュニケーションが有効なわけではない。せいぜい、コミュニケーションが異様に少なすぎる異常な環境が悪いといってるにすぎない。必死になって子どもとコミュニケーションを取るのが有効だなんて結果は出ていない。普通にそれなりのコミュニケーションを取っていればそれで十分であり、余計な不安をあおることに価値はない。もちろん、(NHK番組で示唆されていた)料理のような特定の活動が特別に脳にいいと言ったことには根拠がない。ここではゲーム脳と同じ論法が成り立つ。その行動時の一時的な脳の活動だけから、その行動の価値の成否を定めることはできない。
ようするに、俗流クオリア論を含めて日本の脳ブームなんてその程度の流行だったのであり、むしろブームがマトモな研究の紹介を妨げたかもしれないぐらいだ。

脳を支配する前頭葉―人間らしさをもたらす脳の中枢 (ブルーバックス)

脳を支配する前頭葉―人間らしさをもたらす脳の中枢 (ブルーバックス)

*1:はっきり言って査読とかのレベルの問題じゃない。査読なんか通っていない研究だってマトモで科学的な紹介はいくらでもできる