トップダウン効果は本当に知覚を変えているのか?

モジュールのカプセル化に関する議論 哲学者が科学的成果に則って論文を書くことは近年になって増えてきたが、たまたま見つけた「Opening Up Vision:The Case Against Encapsulation」(PDF)もそんな論文の一つだった。内容はフォーダーのモジュール論の特徴…

「Neuroscience Needs Behavior:Correcting a Reductionist Bias」を読む

最近は気が向いて、ネットに上がっている認知科学関連の論文を読むことが多くなった。その中で、たまたまある学者が関わっていた論文を読んだら面白かった。それは「Neuroscience Needs Behavior:Correcting a Reductionist Bias」(pdf)だ。基本的に神経科学…

心の計算理論におけるマーの三つのレベルについて少しだけ

認知の計算モデルについて調べていていたら、日本のサイトでとてもよいリンク集サイトを見つけた。それは「私のブックマーク計算論的認知科学 第1版」であり、基本的にお勧めなのだが、実は最初にこれに目を通した時になんとなく違和感があった。それがはっ…

解釈主義は機能主義に反しているのか?

具体的な書名はあえて挙げないがある日本の学者の書いた本の中で、解釈主義は行動主義なのであって機能主義には反しているという主旨の記述を見たことがある。残念ながらこれは完全なる間違いである。おそらくその学者は代表的な解釈主義者であるデネットが…

フォーダーとピシリンの共著「Minds without Meanings」(出版済み)の草稿を読む

ネットで調べ物をしていてある論文を読んでいたら、数年前にフォーダーがピシリンとの共著「Minds without Meanings」を出していたのを知ったのでさらに調べてみたら、その更に数年前に書かれたその本の草稿が見つかったので大雑把に目を通してみた。第二章…

認知の計算モデルは本当に流行っているのか?

少し前にネットで調べ物をしていたら、新しい認知科学のハンドブックが出たと分かって喜んで内容を調べてみた。こちらのオックスフォード認知科学ハンドブックの紹介記事(PDF)を見てもらえば分かるが、古典的な従来の研究テーマに一通り触れられているのは当…

法学者サンスティーンが参照する科学的心理学の成果を確認する

法学者サンスティーンは科学的心理学の成果に基づいた議論で著名な学者であるが、欧米での評価の割には日本ではそこまで知られていない学者でもある。 比較的最近の話題だと行動経済学者セイラーとの共著「ナッジ」(邦題「実践 行動経済学」)が有名があるが…

身体化論について私感

「エナクティヴ・アプローチにおける現象学の役割は何か」は、ヴァレラらの提唱したエナクティヴ・アプローチをリサーチ・プログラム(ラカトシュ)として理解しようとした素晴らしい論文でお勧めです。詳しい内容は論文を読んでもらうとして、後は身体化論に…

生態学的妥当性を軽く復習する

「理性の起源: 賢すぎる、愚かすぎる、それが人間だ (河出ブックス 101)」は、現在の日本での認知科学への理解の低さを考えるとよく出来た本である*1。その中に「生態学的」の意味は「実験室の外で」あるとしているが、この用語の用法のオリジナルとなる文献…

方法論的自然主義について個人的なアイデアをつぶやく

前回の記事で、前々から気にかかっていた近年の方法論的自然主義について書けたのはよかったが、固めの内容ばかり抑えたのでもともと持っていたアイデアの殆どを使えなかった上に文章そのものが固くなってしまった。せいぜい方法論的自然主義というと実験哲…

近年の哲学での方法論的自然主義の隆盛は明らかなのに日本ではあまり知られてないよねぇ

自然主義とは何か?その二類型 自然主義について詳しくは哲学者パピノーによる「SEPのNaturalismの項目(英語)」がお勧めなんので是非参照してもらいたい。論者によっては用法がかなり異なるので定義するのは難しいが、主要な用法としては存在論的自然主義と…

既に今年の日本のミステリーのベストかも、太田愛「天上の葦」

最近は日本のミステリーを読むことが多く、特に21世紀に入ってからの日本のミステリーは海外ミステリーと比較しても日本の他ジャンルと比較しても、そのレベルの高さに驚かされている。そのうち、21世紀の日本のミステリーのお気に入りリストでも作ろう…

いろいろ愚痴を言いながらも近年見られた新しい進歩史観だけは指摘しておく

前回の記事でも取り上げた「いま世界の哲学者が考えていること」は、近年の日本の出版状況を考えれば良作の部類には入るのだろうが、やはり不満は多い。前回の記事の注でも指摘したが本来の哲学の話は最初の方にしかない。その哲学の話に関しても、自然主義…

マルクス・ガブリエルはどんな存在でも認める都合のいい欲張り存在論者か?

去年に「いま世界の哲学者が考えていること」を読んで興味を持ったマルクス・ガブリエルについて記事に書こうとはずっとしていたのだが、ネットで調べて考えた結果として私にはそれほど興味が持てなくなり書く気が失せていた。以前までかろうじて持っていた…

近年の一般向け人工知能論はこれ一冊で十分、ジェリー・カプラン「人間さまお断り」

「人間さまお断り 人工知能時代の経済と労働の手引き」 既存の人工知能脅威論とは一線を画する社会の中に浸透する人工知能について論じた傑作 近年になって英語圏で人工知能脅威論が流行りだしたのを知ったの一応それなりに早かったのだが、現実の人工知能が…

リチャード・スティーヴンス「悪癖の科学」

「悪癖の科学--その隠れた効用をめぐる実験」 イグ・ノーベル賞を受賞した心理学者が科学的心理学の面白研究を面白おかしく書いた一般書 この前の記事で心理学研究(特に実験)の持つ問題を取り上げたが、その時コメント欄で過去に私が見かけた奇妙な心理学研…

心理学評論の特集「心理学研究の再現可能性」を読む

以前ネット上の心理学ニュースを見ていた時に(特に社会心理学の実験で)こんなのたまたま有意差が出ただけで、同じ実験を繰り返しても同じ結果が出るわけないじゃん!という奇妙な研究成果を何度か見たことがある。そのせいで、ネット上の心理学ニュースを真…

Michael Loux"Metaphysics:A Contemporary Introduction"(&おまけのひとりごと)

「Metaphysics: A Contemporary Introduction (Routledge Contemporary Introductions to Philosophy)」 その分野の第一人者がカテゴリー論の視点から分析的形而上学を概観した優れた教科書 世界の根本の構造を問う哲学としての形而上学における(分析的な)議…

汎心論の哲学史をほんの少しだけ調べてみた

この前チャーマーズの汎心論概論の論文を紹介したけれど、チャーマーズ自身が現代の哲学で主流であるはずの唯物論(物理主義)を見限って、汎心論と(実体)二元論に見込みがあると言っているのに驚いた。唯物論(物理主義)を捨て去ろうとするのは意識のハードプ…

最近までの道徳についての哲学的・科学的な議論をまとめた最良の一般書「太った男を殺しますか?」

「太った男を殺しますか? (atプラス叢書11)」は、有名になったサンデルの授業でも取り上げられていたトロリー問題(トロッコ問題)を主題にしながら、最近までの道徳に関する学問的議論(哲学や科学)をまとめた一般向けの著作としてよく出来ている。近年の道徳…

社会的認知についての一般書「心の中のブラインドスポット」の紹介

社会的認知とは、社会心理学に認知心理学的な考え方を適用した研究領域であり、色々と面白い研究成果もあるのだが、残念ながら日本ではあまり知られていない。そのことについては以前から懸念を抱いていたのだが、社会的認知についての一般書「心の中のブラ…

チャーマーズの論文を読んで現代的な汎心論を自分なりにまとめる

私は長らく心の哲学に関心を持ってきたが、元々の問題意識(認知科学の科学性への疑問)がそれなりに解消したのと、最近の哲学者の多くが素朴な科学主義に陥っているように見えること*1などから最近は心の哲学への興味が失われていっていた。それがたまたまネ…

スザンヌ・コーキン「ぼくは物覚えが悪い」(修正前のくどい書評とおまけの追記)

「ぼくは物覚えが悪い:健忘症患者H・Mの生涯」 世界一有名な健忘症患者H.Mについて、当の研究者がその人柄を交えながらその研究成果を紹介していく記憶の科学書の傑作 ロボトミー手術によって新しいことを一切覚えられなくなってしまったH.M(ヘンリー)をめぐ…

アルチュセール「哲学・政治著作集 二」

「哲学・政治著作集〈2〉」 特異なマキャベリ論だけは一読の価値ありだが、それ以外は単なる資料で面白くはない フランスの思想家アルチュセールが残したテキストを編集した著作集の第二巻。哲学篇であった第一巻では晩年の唯物論の地下水脈論が目玉だったが…

アロウェイ夫妻「脳のワーキングメモリを鍛える!」(未削除版レビュー)

「脳のワーキングメモリを鍛える! 情報を選ぶ・つなぐ・活用する」 ワーキングメモリとは何かを前もって知ってさえいればとても有用な実用的な科学的心理学の書 ワーキングメモリに関連した研究を紹介しながら、ワーキングメモリを生活の中でいかに有効に活…

ダニ・ロドニック「グローバリゼーション・パラドクス」

「グローバリゼーション・パラドクス: 世界経済の未来を決める三つの道」 グローバリゼーションの歴史を探って未来の国際経済のあり方を提示する興味深い著作 国際経済学者が過去の国際経済の歴史を分析する事で未来の世界経済のあり方を考えていく経済書。…

ゴードン・シェファード「美味しさの脳科学」への未削除版レビュー

「美味しさの脳科学:においが味わいを決めている」 嗅覚が専門の神経科学者が食べ物の風味を生み出す科学的基盤を解明する良質な科学書 嗅覚を専門とする神経科学者が食べ物の味わい(風味)を科学的に探求している一般向け科学書。前半は著者の専門である嗅覚…

橋爪大三郎「国家緊急権」

「国家緊急権 (NHKブックス)」 一般には馴染みの薄い国家緊急権について分かりやすく論じられた希少な傑作 国家に緊急事態が生じた時にそれに対処するために、政府が一時的に憲法や法律を無視してでも迅速な行動がとれるようにするために必要とされる、国家…

ロールズ政治哲学史講義

「ロールズ 政治哲学史講義 I」 要所を押さえた近代政治哲学史の概論的な講義としては他の追随を許さない程の大傑作 1970年代から80年代にかけてロールズが行なった政治哲学の講義録を編集した著作。既に出版されているロールズの(道徳)哲学史講義と対にな…

ブランダム「ヘーゲルにおけるプラグマティスト的主題」第一節を読む

「ネオ・プラグマティズムとは何か-ポスト分析哲学の新展開-」を読んで以来、ブランダムの哲学にすっかり興味を持ってしまった。アマゾンのレビューにも書いたように「ネオ・プラグマティズムとは何か」という本に対する私の評価は微妙(悪い本ではないが問…